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愛しさの境界線。


最近よく耳にする『LGBT』という言葉。

その言葉を耳にする度に、
私を「好きだ」と言った後輩を思い出す。


その後輩は、同性愛者だった。
つまり、女の子だった。


出会いは、過去の職場。
その子はコンパニオンとして働いていた。

容姿にとても気を遣っていて
可愛い女の子だった。



いつもニコニコしていて付き合いも良くて、
何かをしてあげた時に素直に喜んでくれるから
それが嬉しくて、よく食事をご馳走していた。


その子は異性からモテた。
けれど、誰とも付き合わなかった。



「彼氏、居ないの?」と聞かれたら、
「興味がないので。」と答えていた。



ある夏の夜、
その子が突然「夜景を観たい」と言い出したので
お台場海浜公園に連れて行った。


「嫌な事があった」と項垂れる彼女は、
私が運転する車の助手席に座りながら
ただ静かに流れていく景色を見ていた。

お台場海浜公園の駐車場に車を停めて、外に出る。
都会特有の埃っぽい空気と、夏の湿気と、
潮の混じったベタつく風が不快だった。


砂まみれのウッドデッキに
躊躇うことなく腰を下ろす彼女。

そのレース生地のスカートが汚れてしまわないかと
気が気ではなかったけれど、
彼女はお構いなしといった様子で。

そんな彼女の直ぐ隣に、私も腰を下ろした。


お台場海浜公園の景色は人工的で、
海と呼べるような爽やかさはなくて。

だけど、ライトアップされたレインボーブリッジや
高層ビルが立ち並ぶ事で造り出されている夜景は
都会的で気に入っている。


彼女は黙ったまま、その景色を眺めていた。



いつも屈託ない笑顔でお喋りをする彼女が
やけに大人しい事に違和感を覚え、
私はちっとも落ち着かなかった。



「何があったの?」と問い掛けると、
彼女は随分と間を空けた後、ようやく口を開いた。


「……私、先輩が好きです。」


突然の告白に、どう返して良いのか解らなかった。

況してや、
それが “どういう意味” なのかも解らない。

困り果て言葉に詰まる私を見て、
彼女はやっと笑った。


「私、同性愛者なので。」


そうキッパリと言い放った彼女は、
清々しい表情を見せた。


「先輩の恋愛対象が男性なのは知ってます。
 だから、無理なのは解っています。
 でも、好きだから伝えました。」


それからの彼女は、
たがが外れたかのように喋り続けた。

何が切っ掛けで好きになったか、
どんな所が好きか、
出来ることなら付き合いたかった、

そのうち我慢しきれなくなり、静かに涙を溢した。


そんな彼女が愛しく感じたけれど、
その期待には応えられない。

だから、中途半端な優しさで
彼女を受け入れる訳にもいかなかった。


「ごめん」と口にしたら、
そこから続く私の言葉を拒絶するかのように
彼女は「大丈夫です」と笑顔で遮った。


その後、随分と長い沈黙を味わった。

夜空に浮かぶ月の位置から
そこに居た時間の長さを感じ取れた。


時計を確認したら、とっくに日付は変わっていた。

「そろそろ行こうか」と声を掛けたら
「そうですね」と彼女は力なく笑った。


家まで送り届けるまでの間、
彼女は、また助手席で項垂れていた。


そういえば……

「嫌なことって何があったの?
 結局、聞けてないんだけど。」

引っ掛かっていた疑問を投げ掛けたら、

彼女は「告白されたんですよ。」と
不貞腐れたように言い放った後、
聞き慣れた名前を口にした。


その相手は、既婚者の男性だった。


彼女の家の前に車を停める。

けれど、彼女は直ぐには降りず、
大きな溜め息を吐き出した後、

「やっぱり……無理ですよね?」と
消え入りそうな声で呟いた。


自分の正直な気持ちに向き合うと……



可愛がる事は出来る。大切に扱う事も出来る。
性的な事情も含め、付き合うだけなら出来る。

「可愛い」とか「愛しい」とか
そういった感情があるのも確かだけれど、

私の恋愛対象は間違いなく男性で、
女性に “恋愛感情” が湧くことはない。

それは、明確で揺るがない。


今、私が抱いている感情を
言葉にするのは難しいけれど……

その感情の中に “同情” が滲んでいるのは
戸惑いながらも自覚していた。 


とにかく、
出来るだけ傷付けないように、丁寧に……


自分の素直な気持ちを伝えたうえで
改めて「ごめん」と口にした。


その言葉を聞いた彼女の反応は
さっきとは大違いで、

今度はボロボロと涙をこぼし、
声を漏らしながら泣きじゃくった。

そして、別れも告げず、
飛び出すように勢いよく車を降りて
そのまま走り去ってしまった。


あっと言う間に視界から消えた彼女は
車内にしっかりと余韻を残していて、

そのせいか、
疲れが一気に押し寄せ、重くのし掛かり、
暫くの間 そこから動けずにいた。

漸く動き出せたのは
空がほんのりと明るくなってからで、

帰宅したら脇目もふらずベッドに沈み込み、
そのまま微睡むように眠りについた。


彼女とは、その日から会うことがなかった。


あんなにも顔を合わせていたのに、
彼女が私からの電話やメールを無視して
仕事を引き受けなくなっただけで、
関係は容易に断たれ、
二度と繋がることはなかった。


だけど……
こうやって、今でも思い出す。


『LGBT』という言葉が普及した今、
彼女はどう過ごしているのだろうか。


“彼女らしく” 過ごせているのだろうか。


彼女が私に吐露した沢山の生きづらさ、
悩むこと、傷付くこと、孤独に苦しむこと、
それら全てが無くなるのは難しいとは思うけれど、

それでも、
彼女が少しでも心安らげる場所が出来るようにと
願わずにはいられない。


そして、この記事を書きながら、
私は彼女のことを一生忘れられないのだろう、と
改めて感じたのでした。



(※nonfiction)

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