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普段生活しているだけでは想像もつかないようなマイノリティの生きづらさを見て己の常識の底の浅さを知った『正欲』

【個人的な満足度】

2023年日本公開映画で面白かった順位:106/160
  ストーリー:★★★★☆
 キャラクター:★★★★☆
     映像:★★★☆☆
     音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★☆

【作品情報】

   原題:-
  製作年:2023年
  製作国:日本
   配給:ビターズ・エンド
 上映時間:134分
 ジャンル:ヒューマンドラマ
元ネタなど:小説『正欲』(2021)

【あらすじ】

※公式サイトと映画.comの文章を元に記載。
横浜に暮らす検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)は、不登校になった息子の教育方針をめぐり妻と衝突を繰り返している。
広島のショッピングモールで契約社員として働きながら実家で代わり映えのない日々を過ごす桐生夏月(新垣結衣)は、中学のときに転校していった佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ってきたことを知る。
大学のダンスサークルに所属する諸橋大也(佐藤寛太)は、準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、心を誰にも開かずにいる。
学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画した神戸八重子(東野絢香)は、大也のダンスサークルに出演を依頼する。

同じ地平で描き出される、家庭環境、性的指向、容姿―。様々に異なる背景を持つこの5人。だが、少しずつ、彼らの関係は交差していく。まったく共感できないかもしれない。驚愕を持って受け止めるかもしれない。もしくは、自身の姿を重ね合わせるかもしれない。それでも、誰ともつながれない、だからこそ誰かとつながりたい、とつながり合うことを希求する彼らのストーリーは、どうしたって降りられないこの世界で、生き延びるために大切なものを、強い衝撃や深い感動と共に提示する。

いま、この時代にこそ必要とされる、心を激しく揺り動かす、痛烈な衝撃作が生まれた。もう、観る前の自分には戻れない。

【感想】

※以下、敬称略。
原作小説は未読ですが、これは深い内容でいろいろ考えさせられました。登場人物たちのつながりや普段は気づかないマイノリティの存在に触れて、心が動かされましたね。

<マイノリティの生きづらさ>

この映画は、いかに自分の持つ常識が井の中の蛙であるかを思い知らされる内容でした。主に夏月と佐々木の特殊な性的指向に焦点が当てられているんですが、それがただのストーリー上の設定だけでなく、現実に存在する多様な性的指向というか価値観についても考えさせられるんですよ。冒頭で夏月が水を想いながら身悶えるシーンなんて、ハリウッド映画ならもっと直接的な表現をしそうですが、これまでの新垣結衣の演じてきた役とはかなり異なる設定に驚きました。

彼らのフェティシズムは常人の理解をはるかに超えていて、そのことを本人も自覚しています。だから、誰にも話せず、自分ひとりで抱え込んでしまうんですが、物語を通じてその孤独や生きづらさがよく伝わってきます。どうせ話したって誰もわかってくれないだろうから、あえて何も言わないけれど、まわりはそんなことを知る由もないので、ひたすら自分たちの「普通」を悪気なく投げかけてくるのが辛そうでした。

「彼氏(彼女)はいるの?」
「好きな人ぐらいいるでしょ?」
「いない?なんで?」

世間一般的には普通(もはや普通って何だろうってのもあるんですが)の質問でも、夏月や佐々木にとっては鬱陶しいことこの上ないんです。そんな中で夏月が言っていた「自分は地球に留学しに来てる感じ」というセリフが、異なる価値観を持つ人とのコミュニケーションの難しさを象徴しているようで印象的でした。僕自身はマイノリティなフェチはありませんが、まわりと話が合わないときはそう感じることもあるので、この映画で唯一共感できた部分ですね。

<いつだって保守側との対立は起こる>

そして何よりも怖いのは、自分の理解を超えた存在を前にしても、人間は自分の常識でしか図れないことです。今回は寺井がそうだったんですが、物語の終盤で夏月や佐々木と対峙したとき、彼らが普通とは違う感覚の持ち主だということに感づきはするものの、「そんなことあるわけない」ときちんと向き合おうとしないんですよ。彼は非常に保守的な人物で、家庭でもそれが如何なく発揮されていましたが、このように夏月や佐々木のような独特な価値観と寺井の古い価値観のぶつかり合いは見どころでもあります。タイトルの『正欲』は、「正しく在りたい欲」だと僕は勝手に思っているんですが、その「正しい」が何なのかっていうのは、本作の問いとも言えそうですね。

<多様性とは>

いろんな人がいろんな価値観を持つこの時代、「多様性」という言葉で異なる価値観を認め合えるようなイメージがありますが、この映画ではそんなことはまったくありませんでした。マイノリティは自分たちの価値観を抑え込み、ようやく見つけた"同志"と静かに平穏な暮らしを送っています。そして、終盤で起こる事件で、寺井は夏月や佐々木たちと出会うことになりますが、寺井は彼らの価値観を理解できずに向き合おうとすらしません。結局、「多様性」とは名ばかりで、その実態はマイノリティが肩身を狭い思いをしているに過ぎないんだなと思いました。本当の意味での「多様性」が市民権を得るのはまだ時間がかかりそうです。

<そんなわけで>

なかなかにぶっ飛んだ設定ではありましたが、現代社会の多様性や異なる価値観との向き合い方について考えさせられる映画でした。ちなみに、諸橋と八重子もそれぞれ抱えている悩みがあるんですが、長くなってしまうので割愛します(笑)それぐらい、いろんな要素が詰まった映画なので、ぜひ映画館で観てみてください。


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