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【ネタバレあり】他人へのなりすましを通じて"自分は何者なのか"を突き詰めていくサスペンス映画『ある男』

【個人的な満足度】

2022年日本公開映画で面白かった順位:89/182
  ストーリー:★★★★☆
 キャラクター:★★★★☆
     映像:★★★☆☆
     音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★☆☆

【作品情報】

  製作年:2022年
  製作国:日本
   配給:松竹
 上映時間:121分
 ジャンル:サスペンス
元ネタなど:小説『ある男』(2018)

【あらすじ】

弁護士の城戸(妻夫木聡)は、依頼者の里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫「大祐(窪田正孝)」の身元調査という奇妙な相談を受ける。里枝は離婚を経て、子供を連れて故郷に戻り、やがて出会う「大祐」と再婚。新たに生まれた子供と4人で幸せな家庭を築いていたが、ある日、彼は不慮の事故で命を落としてしまう。

悲しみに暮れる中、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が法要に訪れ、遺影を見ると「これ、大祐じゃないです」と衝撃の事実を告げる。愛したはずの夫は、名前もわからないまったくの別人だったのだ…。「大祐」として生きた「ある男」は、一体誰だったのか。

「ある男」の正体を追い、"真実"に近づくにつれて、いつしか城戸の心に別人として生きた男への複雑な想いが生まれていく――。

【感想】

原作小説は未読ですが、「愛したはずの夫がまったくの別人だった」という設定に惹かれて鑑賞しました。実際に観ると、設定そのものというよりも、その設定を生き抜くしかなかった登場人物の心情が興味深かったです。

<サスペンス調のストーリーとキャストの演技力に注目>

死んでからわかる、夫が別人だったという事実。夫の正体は誰なのか。なぜそんなことをしたのか。その真相を、弁護士である城戸が追っていき、徐々に真実が明らかになっていく過程は面白いです。

さらに、この映画ではキャストの演技が素晴らしいんです。みなさんよかったんですが、個人的には安藤サクラさんと柄本明さんが特に推したいですね。安藤サクラさんは、最初の夫を亡くしたときの、感情を絞り出すような表情やセリフに引き込まれましたし、ブローカー役だった柄本明さんの圧倒的な存在感には食われましたよ。

<なぜ、別人になったのか>

そんな中で、この映画の一番の見どころは、「谷口大祐」が他人になりすますに至った"経緯"だと僕は思いましたね。ここからはネタバレになってしまうので、まだ知りたくない方はページをそっ閉じしてください。。。






「谷口大祐」を演じていたのは窪田正孝さんですが、彼の本名は「原誠」と言います。実は、彼が幼い頃に父親が殺人犯で逮捕され、すでに死刑が執行されているという役どころでした。どこへ行っても殺人犯の息子というレッテルを貼られてしまう彼は、ブローカーから「谷口大祐」の経歴を手に入れます。劇中で城戸も言っていたように、「そうまでしないと人生をやり直せない」んですよ。だからこそ、彼は「谷口大祐」になりすますことで、自分の過去を上書きしたんです。辛い過去から脱却し、何気ない日常や幸せを手に入れたいという彼の強い動機がそこに見えますね。そして、現に彼は愛する人を見つけ、子供まで授かりました。彼が求めていた温かい家庭というものが、やっと手に入ったわけです。不慮の事故で亡くならなければ、決して手放すことはしなかったでしょうね。

ちなみに、当然ですが「谷口大祐」も"本物"がいます。演じているのは仲野太賀さんですが、彼も事情があって、他人になりすましています。ただ、、、彼の場合は家族と折り合いがつかなかっただけ(?)なので、正直「そんな理由で?」とは思ってしまったんですよ。もちろん、彼にしかわからない事情があったのかもしれませんが、映画では特に触れられていないので、かなり動機が薄く感じられちゃったのが気になるところでした。

<真相を追うことで自ら変化していった城戸>

この映画、全体的に「谷口大祐」に関するエピソードが多いですが、一番注目したいのは、実は城戸なんですよ。早速オチを話してしまって恐縮ですが、本作のラストで、彼はまさかの行動に出るんですよ。それは、彼もまた、他人になりすます道を選んだということです。ただ、ここはちょっと見せ方が誤解させやすいんじゃないかとも感じますね。直前で、妻の浮気が発覚するんです。その直後でのなりすましなので、ここも「そんな理由で?」と一瞬思ってしまいます。

でも、城戸にはずっと他人になりたい最大の理由がありました。彼が在日コリアン三世であるという事実です。物語の中では、それが原因で何かトラブルに巻き込まれるということはないんですけど、義理の両親からは悪気のない差別発言をされ、刑務所にいるブローカーからも在日であることを指摘されます。また、テレビでもヘイト活動をしている報道を目にする日々。日本人と何ら変わらない生活をしているのに、事あるごとに自分が在日であることを意識せざるを得ない状況でした。彼は、自分が在日であることを消したかったんじゃないでしょうか。当然、そのアイデンティティを変えることはできません。それをなくすには、他人の人生で上書きするしかないんです。だから、「谷口大祐」になりすました「原誠」を追っていくうちに、自分の経歴を上書きできることに徐々に魅力を感じていったんだと思います。それが、妻の浮気がきっかけとなって、実行するに至ったんでしょう。ラストが唐突なので、妻の浮気だけが原因のようにも見えてしまいますけど、実際は城戸の中にある長年の違和感みたいなものが爆発したんだと思います。

<そんなわけで>

ただのサスペンスかと思いきや、テーマ自体はとても深い映画でした。他人へのなりすましは、当然犯罪行為ではありますが、それによって救われる人もいるんだっていう新しい視点を持つことができます。キャストの演技も素晴らしいので、ぜひ観てほしいですね。


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