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全パラメータをお笑いに振り切ったがゆえに生きづらさを抱える主人公がとても純粋だと思えた『笑いのカイブツ』

【個人的な満足度】

2024年日本公開映画で面白かった順位:2/3
  ストーリー:★★★★☆
 キャラクター:★★★★★
     映像:★★★☆☆
     音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★★

【作品情報】

   原題:-
  製作年:2023年
  製作国:日本
   配給:ショウゲート、アニモプロデュース
 上映時間:116分
 ジャンル:ヒューマンドラマ
元ネタなど:小説『笑いのカイブツ』(2017)

【あらすじ】

※公式サイトより引用。
大阪。何をするにも不器用で人間関係も不得意な16歳のツチヤタカユキ(岡山天音)の生きがいは、「レジェンド」になるためにテレビの大喜利番組にネタを投稿すること。

狂ったように毎日ネタを考え続けて6年——。自作のネタ100本を携えて訪れたお笑い劇場で、その才能が認められ、念願叶って作家見習いになる。しかし、笑いだけを追求し、他者と交わらずに常識から逸脱した行動をとり続けるツチヤは周囲から理解されず、志半ばで劇場を去ることに。

自暴自棄になりながらも笑いを諦め切れずに、ラジオ番組にネタを投稿する“ハガキ職人”として再起をかけると、次第に注目を集め、尊敬する芸人・西寺から声が掛かる。ツチヤは構成作家を目指し、上京を決意するが——。

【感想】

※以下、敬称略。
主人公のお笑いにかける情熱がハンパなさすぎて、もはやアスリートかってぐらい自分を追い込む姿が激ヤバな映画でした。ここまで熱中できるものがあるということに、ある意味うらやましさも感じますけど。

<ひとつのことに振り切りたいときに観る映画>

「何かに特化したい、秀でたい」と思う人は少なくないんじゃないでしょうか。何かを突き詰めていくことで唯一無二の存在になれますし、そうなったらそこに自分の存在意義が見出され、まわりから羨望の眼差しで見られるかもしれないというのは、想像しただけでニヤリとしてしまいますよね。でも、『幽☆遊☆白書』(1990-1994)で戸愚呂(弟)が言っていたように、「何か一つを極めるということは他の全てを捨てること」でもあるんです。その覚悟がある人は一体どれぐらいいるんでしょうか。いや、そんなこと言われてもなかなか実感沸きませんよね。睡眠時間を犠牲にしてゲームをやるっていうぐらいなら想像できますが、人生において何かを捨てて他の何かを得るほどの覚悟なんて、実際にそうなっている人を見てみないと何とも言えないと思います。そんなときに参考になるのがこの映画ですよ。主人公のツチヤの生き様を見れば、何かに特化することが生きづらさにつながるというのがわかります。

<何かを極めるとはこういうこと>

正直、ツチヤはヤバいです。1日1000個ボケを考えるんですから。24時間フルで使ったとしても90秒に1回はボケてる計算になります。いくらお笑いが好きな人でもそこまでできる人はなかなかいないんじゃないですかね。いや、案外みんなそれぐらいやっているのかもしれませんけど。。。とにかく物量がハンパなくてですね、部屋は思いついたネタのメモだらけで、風呂に入っててもバイトの最中でも、何か思いついたら今やってることをそっちのけで紙に書き出すほどなんです。そのうち、日常会話の質問がすべて大喜利のお題に聞こえてくるようになってしまって、もう戦闘狂の孫悟空かよって。いや、孫悟空は楽しんで戦ってますけど、ツチヤはまったく楽しんではいませんでしたね(笑)もはや苦しそうにも見えますが、それでも彼はやり続けます。しかも、それだけやっても売れる保証もなければ、笑いのセンスが受け入れられるわけでもないじゃないですか。お笑いが好きっていうのもあると思うんですが、単純に「ネタを作りたい」という衝動が強すぎるんですよ。ここまでやる人を前にすると、「何かを極めたい」なんて口にすることがおこがましくなってきますね。でも、そうやってアウトプットしたいと思えること自体がすごいと思います。僕なんてたくさん映画は観てますけど、観てるだけですからね。作りたいとはなかなか思えず。。。まあ以前、脚本家の学校に通って適性がないなと思ったってのもあるんですが、そうまでして伝えたい何かってのが自分の中になくて。。。おっと、話が脱線しました。僕の話はどうでもいいですね。

<何かに特化することで、他の何かがなくなってしまう>

ツチヤはネタ作りに全パラメータを振り切っているため、彼には社会性がほとんどありません(笑)ゲームのキャラクターでいうと、攻撃力はMAXなのに、防御力が0みたいな状態ですかね。「人間関係不得意」と言うだけあって、挨拶もろくにできませんし、まわりのお笑いに対する姿勢をディスりますし、バイト中もネタのことしか考えてないからすぐクビになります。もう軋轢しか生まないんですよ。身近にいたら、確かにめんどくさいだろうなとは思いますけど(笑)こんなにまでひとつのことに熱量を全部注いでしまうと、他のことがからきしダメになるって本当にあるんだなって思いました。

<ツチヤはただただ純粋だった>

とはいえ、僕はツチヤの純粋さを推したいです。劇中でも言っていたような気がしますが、彼は自分が正しいと思う世界で正しく評価されたいだけなんですよ。まあ、社会って多くの人と関わり合って出来ているので、その時点で「自分が正しいと思う世界」なんてのはほぼ成立しないと思いますし、その中で「正しく評価されたい」というのももはや絵空事でしかありません。だから、ツチヤの言うことは単にわがままかもしれませんけど、子供のように純粋な気持ちがあるからこそ、そういう欲望が出てくるのかなって思いますね。そして、その欲望が強いからこそ、現実世界での生きづらさに苦悩するんです。そこは共感できましたね。誰かが作ったレールの上でしか評価されないことに苛立ちや虚しさを感じるときはありますから。でも、自分だけの世界にいても、自らの熱量って多くの人に届けられないんですよね。。。きっとみんなどこかでうまく帳尻合わせしてるんだろうなあって思います。

ちなみに、こういう映画だとツチヤタカユキ本人がすでに故人のようにも感じますけど、バリバリ生きていますし(何なら僕よりも年下)、お笑いの仕事に勤しんでいるので応援したいなと思いました。2017年に小説が出たときの彼のインタビュー記事が面白かったのでお時間あればぜひ読んでみてください。

<脇役に注目>

主人公のツチヤタカユキを演じた岡山天音の演技もすごくよかったんですが、僕は脇役で出ていた菅田将暉がすごく好きでした。ちょっとヤンチャしてるけど、困ってる人を放っておけない人情味のあるにーちゃんって役どころがすごく合っていて、あんな友達欲しいなって思いますね(笑)あと、ベーコンズってお笑いコンビを組んでいた仲野太賀と板橋駿谷もよかったです。最後にこの2人が漫才をやるんですが、ネタもテンポも面白くて、これは実際にツチヤタカユキ本人が台本を書いたそうですが、演じたお二方のクオリティの高さはもちろんのこと、役者の持つ雰囲気と劇中のキャラクターがピッタリハマっていて好感持てました。

<そんなわけで>

何かに振り切ってる人間を見たいときにオススメしたい映画ですね。世の中にはここまでひとつのことに熱中できる人がいるんだと圧倒されますから。この作品の中のツチヤタカユキはかなり狂気じみていますが、やっぱり何かに打ち込んでいる人って素敵だなと思います。


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