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『新しい世界』を読む ~ダニエル・コーエン ”豊かさと幸福の条件”より

2021年1月に出た『新しい世界 世界の賢人16人が語る未来』(講談社新書)という本を読んでいます。この本のコンセプトは、過去に読書ノートを書いた『コロナ後の世界』(文春新書)と同じような感じです。

本書に収録された16名の賢人の談話の中で、一番納得感があり、印象深かった、ダニエル・コーエン”豊かさと幸福の条件”(P113-138)の項の読書感想文を残します。

ダニエル・コーエン氏とは

ダニエル・コーエン(Daniel Cohen 1953-)氏はチュニジア生まれの経済学者で、パリ高等師範学校経済学部長を務めています。『迷走する資本主義』『経済成長の呪い』などの著作があります。教え子には、『21世紀の資本』の著者であるトマ・ピケティ氏や、2019年ノーベル経済学賞を受賞したエステル・デュフロ氏らがいます。

幸福についての簡潔で秀逸な主張

この項には、COURRIER JAPONのインタビューに、コーエン氏が応えた内容が収められています。この短い記事には、私が感じていた社会認識と閉塞感の正体、これからどう生きるかのヒントが言語化されていると感じました。

コーエン氏は、「幸福になるために何をしていますか。人は幸福になるために何をすればいいのですか。」というベタな問いにこう答えています。

人とともに生きること、信頼できる友人を持つこと、ほかの人との競争をできるだけ敵意のないものにすること。そんなことを意識しています。
(中略)
いずれにせよ幸福を目標としてとらえるのはよくないですよね。「幸せになろう」と思ってもうまくはいきません。アリストテレスだったかと思いますが、幸福は報酬であり目標ではないと言っています。目標とすべきは、近しい人とともに時間を過ごし、その人たちを助けたり、会話をしたりすることです。
(中略)
心掛けるべきなのは、自分の内の調和を保ち、周りの人とも調和を保つことです。(P122-123)※太字は私の独断

まさにドンピシャリの秀逸な回答だと思います! 私は、常に幸福感を感じる状態に身を置くことを”目標”にしていたので、幸福を絶対視し過ぎて、逆に生き詰まっていたのかもしれません。

コーエン氏は、私が考え続けている【脱成長】という考えも否定します。人間としての生活に最低限必要なものが何かを見据え、テクノロジーの奴隷ではなく、テクノロジーの主人にして所有者になることを主張します。

イースターリンの逆説に抗い、経済成長の幻想にすがる愚

コーエン氏は、人は豊かさの絶対量ではなく、暮らしが豊かになっていく過程で幸福感を感じるようになると言います。豊かでも経済が停滞している国で暮らしていると、将来への希望が持てず、強い不満を覚えて生きづらさを感じる、その結果社会に緊張感が高まる…… 今の日本が典型です。

そこで、問題解決策を経済成長に求めようとするのですが、経済成長で一人あたりの所得が増えていく時代は、産業革命以降のある特殊な時期だけだといいます。日本でいえば、1960~1980年代の高度経済成長時代です。その時代でさえ、イースターリンの逆説の問題がありました。

イースターリンの逆説《the Easterlin Paradox》
1974年、当時ペンシルバニア大学経済学部のイースターリン教授(Richard Ainley Easterlin 1926/1/12- )が、幸福度データを研究し、提唱した幸福経済学の知見。
❶ 国際比較で高所得国の人々の幸福度が高いとはいえない
❷ 所得の上昇が必ずしも幸福度の上昇をもたらさない
❸ 所得がある水準以上になると幸福度は頭打ちになる(飽和点の存在)

不可避な経済成長の減速に抗うことへのストレス

日本の悲劇は、経済成長の減速の問題を、もっと働くことで解決しようというワーカホリックな社会を選択したことにあるのではないか? という問題提起もしています。 

経済成長を無限に続けられると考えるのをあきらめ、質素に暮らすことを受け入れ、それに合わせて経済の仕組みを変えていくほうが賢明な解決策な場合もある(P119)

昨今の『一億総活躍社会』というスローガンには、根本に「もっと働いて、もっと稼ごう」という発想が潜んでいそうです。成長の止まった状態で無理を重ねれば、ストレスに苛まれる人の多い社会になっていきそうです。

視点と生きる姿勢に感銘を受けた

上記で取り上げた以外にも

● 『新型コロナとデジタル資本主義の相乗効果』(「ポーモルのコスト病」の話が面白い!)
●『社会のウーバー化』(映画も、テレビも、もとはコストを下げる発明)
●『抜け落ちた「身体性」』(少数の勝者が総取りする産業への言及)
●『極度な専門性を求める危うさ』(ルネサンス的教養人)

といった小見出しで展開されている内容も非常に興味深い話ばかりでした。そして、コーエン氏が持っている価値観にも共感しました。

私が豊かな気持ちになれるのは、自分がこれまでに読めた本の数々を思うときです。世の中には資産が100万ドルあると豊かな気分になれる人もいますが、私の場合は、それが本を読んで得た知識の量なのです。(P137)

私は「知識人」にずっと憧れています。知性の力を侮ってはいけないし、探究心は死ぬまで失ってはいけない、と改めて思い直しました。

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