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『翻訳夜話』を再読する

五連休の最終日となりました。朝から雨が降っていて、幾分気持ちが塞ぎますが、今日が息子と同じ時間を過ごせる最後の機会です。短い時間ではありますが、息子を誘って、またまた電車旅〜横浜市営地下鉄ブルーライン〜 をしました。電車旅は、雨でも影響が少ないので、助かります。本日は、その電車旅中に読み始めた村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』(文春新書2000)の読書感想文です。

翻訳を語る本

この本は再読です。新刊で購入して読み終えた後に、加古川の私の実家に送ってありました。年末に本棚を整理していて思う所があり、横浜の自宅に持ち帰ってきていたものです。今回、松本に帰る高速バスの中でも読み続けています。

もう20年以上前に出た本なので、内容はすっかり忘れていました。かたや世界的ベストセラー小説家で、かたや著名な英米文学研究者。翻訳に造詣の深い両人が、全三回のフォーラム形式で質問者からの翻訳に関する質問に答えていくものになっています。

また、レイモンド・カーヴァー『Collectors 収集/集める人たち』、ポール・オースター『Auggie Wren's Christmas Story オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を、それぞれが翻訳したバージョンが収録されていて、味わいの違いを堪能できる仕掛けになっています。

偏見のある愛情

いかに翻訳の名手である両人といえども、愛情の持てない作品を訳して日本語にすることには熱がこもらないようです。また、翻訳を行うにあたっては、極力ニュートラルのスタンスでテキストに向かうものの、方向性や文体の偏りは避けられないということで意見が一致しています。『偏見のある愛情』という表現が多用されています。

飽く迄も職業小説家が本職である村上氏は、翻訳に興味を持った作家に、トルーマン・カポーティとスコット・フィッツジェラルドを挙げており、その評価は揺るぎないようです。

僕が本当に好きなのは、カポーティとフィッツジェラルド。彼らの文章をどれだけうまく綺麗に訳せるかというのがやりがいのあるところです。

P200

日本の作家からは殆ど影響を受けていないという村上氏は、この二人の書く文章は別格だと称賛しており、自分の作品への影響も肯定しています。

小説と翻訳は厳密に違う作業である、ということも説明しており、どちらかか欠けても日常生活に支障を来たす程の両輪になっているという趣旨の表現もあります。翻訳に選んでいるテキストから文章を学び、吸収したいという意欲を持っているという発言もあります。

よりシンプルな言葉でより深いものを書きたいというのが、僕のスタンスです。

P201

感想文は難しい

本書は楽しんで読み終えたものの、いざこうして読書感想文を書こうとすると、何を切り取って書き残しておくべきか迷います。

もう随分長い間、村上作品のファンですが、何がそんなに面白いのかと問われると、説明に窮します。代表作でも読んでいない作品も一杯あります。ただ、村上作品の分析や解説、村上作品ファンのコメントを読むのは好きです。本書もそのような観点から手にした一冊です。創作と翻訳のバランスなど興味深かったです。

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