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📖#7 天皇に身も心もお仕えした乙女の打ち明け話『讃岐典侍日記』

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幼い鳥羽帝のお世話に段々と慣れてきた長子ちゃん。
それでも、思い出すのは亡き堀河帝のことばかりなのです。

鳥羽帝がお食事中に、大臣様がいらっしゃったので、みんなが居ずまいを正しました。
大人の帝でしたら、お食事を差し上げている途中でも、私たち女房は空気を読んで退席しましたし、帝が私たちに大臣様がいらっしゃったことを教えてくださいましたけど、今の幼い帝ではそうはいきませんので、大臣様がいらっしゃっても退席せずに、お食事を差し上げ続けました。

思い返せば、亡き堀河帝は私たちお仕えしている者にも気をつかってくださって、本当にありがたいことでした。

大臣様が私に気づいて、

大臣「いつから鳥羽帝にお仕えしていらしたのですか。これからは、こうしてお目にかかれるのですね。亡き堀河帝のお話をして、悲しい気持ちをなぐさめましょう」

とおっしゃったので、大臣様も私と同じ気持ちなのだなと思いました。

いつだったか、堀河帝が

堀河帝「私の食事の世話をしてくれるのは誰?」

とおたずねになって「大臣様ですよ」とお聞きになったら、

堀河帝「それじゃあ、いやだよ」

と舌をお出しになって、お召し物のすそを引き上げてお逃げになり、みんなが大笑いしたことがありましたっけ。

大臣「あなたが堀河帝に添い寝されていたとき、私が参上しましたら、帝はお膝を立てて、あなたを隠したのでしたね。あのときはこのようなことになるとは思いませんでしたよ」

長子ちゃん、大臣と再会しました。
こいつ、堀河帝をなめきった態度だったのに、まだ辞めてなかったのか……。

大臣も堀河帝が亡くなってさびしいようです。本当か?

そこで、長子ちゃんが思い出したのは、「今日のお食事の世話係は大臣です」と聞いた堀河帝が、「大臣じゃ嫌だ!」と舌を出して、装束の裾を引き上げて逃げるというおちゃめエピソードです。

このとき、帝は22歳、大臣は23歳だったので、二人は案外仲良しだったのかもしれません。

平安時代の平均寿命は30代で、当時の元服げんぷく(成人式)は、男子は15歳頃だったそうなので、この時代の22歳は平均寿命が80代の現代日本でいうところの40代くらいの感覚だったのでは?

充分いい歳じゃないですか!

それなのに、「大臣が食事係なんてヤダ!」と舌を出して逃げ回る最高権力中年男性。
大人げないですけど、一周回ってかわいいのかも?

高貴なイメージが強い『天皇』から、かけ離れたエピソードに親近感がわきますね。

堀河帝はふんぞり返って偉そうにしているのではなく、周りに気をつかえるし、冗談も言って笑わせてくれるような天皇だったんですね。
繊細な長子ちゃんが、長い間、身も心もお仕えした理由がわかる気がします。

堀河帝の御一周忌がすべて終わりました。
喪中用にしていた宮中の家具も通常のものに替わり、みんなが喪服を脱いで通常の服に替わりました。

堀河帝に特別な思いを持っている者も持っていない者も、世の中の人全員が一斉に喪服を脱がなければいけないなんて……。

喪服を堀河帝の形見と思っていた私は脱ぎたくなかったけれど、決められていることだから、仕方がないと思って脱ぎました。

堀河帝が亡くなっても世の中は未来へと進んでいきます。
堀河帝のことを想い続けている長子ちゃんも喪服を脱ぎました。

お屋敷全体のお部屋が新しくなったので、他の女房達はあちらへこちらへと見に行こうとしています。
私は昔のことを思い出してしまうので、参加せずにぼんやりしておりました。

そこへ、帝がやってきて、

鳥羽帝「さあ、来て来て。ぼくが知らないお部屋に行く道を教えてよ」

とおっしゃって、私を引っ張り出しました。

変わりたくない長子ちゃんでしたが、鳥羽帝に言われてしまっては案内するしかありません。

このシーンは、亡き堀河帝(過去)にとらわれたままでいる長子ちゃんを、幼い鳥羽帝(未来)が無理やり前を向かせて引っ張っているような感じです。

とても悲しいけれど、いつまでも悲しんで停滞していてはいけない。先に進まなければ。

長子ちゃんも、そこを意識して書いたのかな?

こうして、9月になりました。
その日も、私が堀河帝に大切にしてもらったことを思い出していると、鳥羽帝がいらっしゃって、

鳥羽帝「ぼくを抱っこして、障子の絵を見せて」

とおっしゃいましたので、私は抱いて差し上げて、朝食のために用意された障子の絵をお見せしました。

ふと、壁に何かをはがしたあとを見つけました。
それは、亡き堀河帝が朝晩と眺めて覚えようとされていた笛の楽譜を貼りつけたあとでした。

悲しくて袖を顔に押し当てた私を、鳥羽帝は不思議そうにご覧になるので、私はなんでもないふりをしました。

長子「あくびをしましたら、涙が出てしまいました」
鳥羽帝「ぼく、みんな知ってるよ」
長子「なにをご存知ですの」
鳥羽帝「「ほ」と「り」がつく人のことを思い出したんでしょ」

帝は私が堀河帝のことを思い出していたことを分かっておられました。
とてもかわいらしくて、悲しみも救われたような気がして、私は思わず微笑んだのでした。

鳥羽帝、やりおる。
伊達に5歳で天皇に即位してないですね。

幼いながらも大人社会で生きてきたので、とても賢い鳥羽帝です。
長子ちゃんが悲しんでいるのは、父の堀河帝のことを思い出していたからだとちゃんと気づいていました。

しかも、「ぼくのお父上様のことを思い出してたんでしょ」ではなく、「「ほ」と「り」がつく人のことを思い出してたんでしょ」と、宮中の大人が使うような言葉で遠まわしに言うところが生意気ですねー。

鳥羽帝は、生まれてすぐにお母様を、そして5歳で父である堀河帝を喪ったので、長子ちゃんのさびしさが幼いながらも分かったのかもしれませんね。

亡き堀河帝は笛がとても上手でした。
努力家でもあったので、笛の楽譜を障子に貼って覚えようとしたようです。
そんなちょっとした跡でも、故人の性格が思い出されて、ジーンとしてしまいますよね。

ようやく、長子ちゃんも微笑むことが出来るにまでに立ち直れました。
鳥羽帝、グッジョブです!


続きます。


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