📖#3 「人生は運ゲー！成功もお金も運次第なんてひどい！」江戸娘、狂った社会に物申す『独考』

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【前回までのあらすじ】

初婚はクソジジイが夫でしたが、再婚は理解のある賢い夫だったので安心した真葛ねえさんでしたが、大好きな父母と弟が亡くなってしまったうえに、工藤家は母方の親せきに乗っ取られてしまい、「私の人生なんだったの？」と世の中のことについて、独りで色々考えることにしたのでした。

この残酷な世界に一矢報いよ！『独考』

学問を身につけて、一流の礼儀作法もマスターして、この時代には珍しい世界情勢も知った真葛ねえさん。
そんな賢い真葛ねえさんが、うまくいかない自分の運命へのもどかしさを爆発させたのが『独考ひとりかんがえ』です。

序文には、真葛ねえさんの覚悟が書かれています。

この本は、誰にも遠慮することなく書いたので、言い過ぎてしまっているところがあります。

なぜ言い過ぎてしまったのかというと、遠慮して余計なことを言わないようにするのは、この世を穏やかに生きたいと思う人がすることだからです。

私、真葛は３５歳のときに、死ぬ気で江戸から仙台に嫁いだ身です。
一度は死んだものと思ったのですから、今さら誰かに非難されたり、憎まれても構いません。

私はこの国の人が外国の脅威や国の浪費を気にせず、自分の利益のためだけに狂ったようにお金を得ようと争うのが残念でならないと、我慢できずに書くのです。

だから、この本を読んだ人から私が憎まれてもこわくありません。

「私、この本を読んだ人から嫌われても気にしないわ！」
と繰り返し書いてますが、こんだけ書くってことは、内心では
「これを読んだ人から嫌われちゃったらどうしよう！？」
と不安でたまらないのかもしれませんねー。

それでも、真葛ねえさんが勇気を出して書いたのは、日本人が国防や財政難を気にせず、自分のためだけに狂ったようにお金を増やそうと争うことが残念だったから。

……あれ？　これって、現代日本も同じですよね？

世の中には、不思議なものがたくさんあります。
大抵のことは、人に質問したら答えが返ってきますが、他の人が考えもしないことは、誰も教えてくれません。
誰も考えないことを私は独りで何年も考え続けて、ようやく答えが分かりました。
この答えを、書き残しておかないとすっきりしませんので、この『独考』に書きとめたのです。

普通の人だったら「そんなもんかな」と深く考えもせず受け入れてしまうことを、真葛ねえさんは納得がいく答えが出るまで、一人で考えてしまうタイプでした。

「このままではすっきりしないわ！」と、筆をとって書いたのが『独考』です。

どうして私たち日本女性は理想をおしつけられるの？

女性はすべてのことに心を込めて丁寧に対応し、おしゃべりは控えめにして、おしとやかでいることが理想とされているのに、どうしてお芝居に出てくる女性は、恋に積極的な自分から行動する女性ばかりなのでしょうか。

お芝居に出てくる女性は、高貴なお姫様でも、大切に育てられた箱入り娘でも、恋に消極的で行動しない受け身な女性はいません。

現実では、女性から男性に、積極的に言い寄ったら誰もいい顔をしないのにおかしいことです。

真葛「なぜ、お芝居の女性は自分から男性に言い寄るの？」

と、知り合いに聞いてみたら、

知り合い「これは現実ではなくお芝居だから」

と、なんでもないことのように言われました。
私は納得できません。

真葛ねえさんがいう「お芝居」とは「歌舞伎」のこと。
歌舞伎に出てくる役柄の一つに「赤姫あかひめ」と呼ばれるヒロイン的役柄がいます。

赤姫のイメージ図

お姫様または大きなお店のお嬢様で、豪華なかんざしをさして、赤い振袖を着て、恋愛に超積極的！
恋のためなら親も家も捨ててしまう、恋愛至上主義なキャラクターです。（実際に存在したら迷惑極まりないですよね）

「赤姫」は庶民の娘と三角関係になっても、ライバルのことなんてお構いなし！
彼氏の家に押しかけたり、彼氏と結婚しようと親を説得したりと、恋に盲目です。
一方、庶民の娘は、自分が先に彼氏と付き合っていたとしても、赤姫がライバルに現れたら、身を引いてしまいます。

『野崎村』っていう歌舞伎の演目があるんですけど、これも赤姫が恋の勝負に勝利して、庶民の娘が身を引くお話です。

＜『野崎村』あらすじ＞

・裕福な商店の箱入りお嬢様「お染そめ」は、店で働いている「久松ひさまつ」と恋人になるが、立場が違う２人の結婚は許してもらえない。
・リストラされた久松はお染と別れて、実家がある野崎村に帰ると、許嫁で働き者の「お光みつ」が待っていて、2人は結婚することになる
・ずっと好きだった久光と結婚できると、大喜びで結婚の準備をするお光のところに、久松を追ってきたお染が豪華な着物姿でやってくる
・久松はお染に帰るよう説得するが、久松と結婚できないなら死ぬと訴えて、さらに久松の子を妊娠していることを伝え、2人は心中するしかないと思い詰める
・久松とお染が心中する覚悟だと知ったお光は、2人を救うには自分が身を引くしかないと決意して髪を切って尼姿になる
・久松とお染が帰っていくのを、お光は微笑んで見送り、2人の姿が見えなくなると父にすがりついて泣き崩れるのだった

……お光ちゃん、すごくかわいそうですよね。
大好きだった許嫁が帰ってきて「さあ、結婚だ！」と思ったら、許嫁は仕事先のオーナーの娘に手を出して妊娠させて、二人で心中しようとしている。
二人が死なずに幸せになるためには、自分が尼さんになって結婚できなくなるしかない！って、いくらなんでも思い切りよすぎ！
しかも、すべては結婚準備してから、わずか１時間の出来事という設定だから驚き！！

二人のために身を引くお光ちゃんは偉いけども！　その心は美しいけども！！
もっと自分の幸せを優先させても良かったんじゃない！？
まずは、久松に一発食らわせることが先じゃない！？

この演目の赤姫であるお染ちゃん、こわいですよね……。
都市部から田舎まで、リストラされた恋人を追いかけてきて、相手の迷惑を考えず、実家に突撃。
結婚の準備をしているお光ちゃんを家の外からのぞき見るストーカー行為をする。
（うっきうきで準備をするお光ちゃんの仕草がいちいち可愛いんですよ、これがまた！）

久松と二人きりになると、ここぞとばかりに、自分の想いを激しく訴えて「あなたと結婚できなかったら死んでやるんだから！」って脅迫する。
おそろしい……現代でいうヤンデレってやつですね。

まあ、この演目で一番のクズ野郎は久松ですけども！！
お染とお光は、なんでこの男のことが好きなのか、何回観てもさっぱり分からないですわー。

歌舞伎『野崎村』をもっと詳しく知りたい方は、↓こちらのサイトをご覧ください。

新版歌祭文～野崎村 | 歌舞伎演目案内 - Kabuki Play Guide -

『野崎村』に出てくるお染みたいな赤姫は人気なのに、どうして現実では「恋愛に夢中にならずに、控えめで大人しく、親と家を大事にする女性」がもてはやされるのか。
真葛ねえさんは納得いかないようです。

うーん……真葛ねえさん、これは、男性にとって都合がいい女性かどうかってことだと思いますよー。
お芝居では、大抵の人は男性主人公に感情移入するので、恋愛に積極的な赤姫が、親も家も捨てて自分にアピールしてくれるのは大歓迎ですが、実際の妻や恋人が恋に積極的だと浮気しちゃうかもしれないから、現実には歓迎されないんだと思います。

結局、この時代の理想とされる女性のルール「父に従い、夫に従い、息子に従う」は、自分で考えずに男性の言うとおりに動きなさいっていう押しつけなんだと思います。

真葛ねえさんみたいな賢い女性が「おかしい」と思うのは当たり前ですよね。

どうして男の人は不倫するの？

昔から今まで、夫が妻の他に愛人をつくるせいで、家庭問題が起こることは珍しくありません。
男性の誰もが愛人を持っている。
この状態はとてもおかしいと思います。

この時代、妻が不倫をしたら、夫は不倫相手ごと妻を斬り殺してOKという、
とんでもない常識がありました。
じゃあ、夫が不倫したらどうなの？というと、夫は不倫してもおとがめなし。
とくに、武家の男性は愛人をもっているのが普通でした。
愛人と妻が一つ屋根の下で暮らしていることもあったそうです。
妻はどれだけのストレスを抱えていたのかと思うとゾッとしますよねー。

文明開化した明治時代も、この悪い慣習は続いていて、来日したアメリカ人女性、アリス・ベーコンさんは、著書『JAPANESE GIRLS AND WOMEN』で、

日本女性は、いつも夫に従って、尽くしながら、どんなことをされても、微笑みをたやさずに振舞わないといけない。
夫の愛人らしき女性が家にやってきたときでも、彼女たちはあたたかくお迎えしなければいけないのです。

『JAPANESE GIRLS AND WOMEN』アリス・ベーコン

と書いています。

なんだ、それは！　最悪じゃないか！
なんで夫の愛人を笑顔でお迎えしなくちゃいけないの！？
塩まいて追い出すべきでしょ！！

妻を馬鹿にしすぎですね。
これが普通だとされていたんだから、この時代の日本女性は我慢させられすぎです！

真葛ねえさんの意見は正しいと思います！

続きます。

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