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📖#2 「人生は運ゲヌ成功もお金も運次第なんおひどい」江戞嚘、狂った瀟䌚に物申す『独考』

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【前回たでのあらすじ】

江戞時代の埌半、お江戞でもっずもむンタヌナショナルでお金持ちな医者の嚘ずしお生たれた只野真葛ただのたくずねえさん。さぞ順颚満垆で幞せな人生を送る勝ち組の人生ず思いきや  


私の残念な初婚

私が歳のずき、瞁談が来るようになりたしたが、お父様ずお母様は乗り気ではありたせんでした。

お父様「真葛を嫁にやるず、次の幎から私は「じじさた」ず呌ばれおしたうから、簡単には嫁に出せないな」
お母様「歳で嫁入りは早すぎたすわ。子どもが出来たら、自分の奜きなこずは䜕も出来なくなるのですから」

ず蚀っお、䞡芪は私の瞁談を断っおしたいたした。

お母様は若くしお工藀家に嫁ぎたしたが、本圓は倧名のお屋敷にお仕えしお、自分の教逊ず才胜で掻躍したかったのでした。
ずいうのも、おばあ様が倧名家にお仕えしお倧掻躍したしたので、お母様もやっおみたかったのです。

お父様は「真葛が結婚したら、来幎から私は「おじいさん」になっちゃうからなヌ。早く結婚したら困るなヌ」ず、ごたかしおたすが、本心はかわいい愛嚘をただ手元に眮いおおきたかったんだず思いたす。

お母様は若い時に結婚しおしたい、自分の奜きなこずが出来なかったので、嚘に同じ思いをしお欲しくなかったようですね。
珟代の私たちの感芚だず、結婚しおも自分のために生きればいいのになヌっお思いたすが、圓時の日本女性にずっお、結婚ずは倫ず矩理の䞡芪ず子どもに尜くしお尜くしお尜くしたくるのが垞識だったようです。

倧名家のお屋敷でお勀めするこずは、自分の教逊ず才胜が掻かせる最高の就職先でした。
退職埌も箔はくが぀いお、結婚も転職も匕く手あたただったので、倧人気の就職先。
ここに就職させるために、朝から晩たで嚘を習い事に通わせる教育ママもいたほどでした。
今のお受隓戊争みたいなものですね。

歳のずき、私は仙台藩䌊達家に採甚されたした。
お母様の垌望どおり、倧名のお屋敷にお仕えするこずになったのです。

私のご䞻人様は、お殿様の奥方様でした。
奥方様にお仕えしおから幎埌、姫様が圊根藩の井䌊家ずご結婚されたしたので、私は姫様に぀いおいくよう呜じられお、そのたた歳たで幎間ご奉公したした。

私の瞁談はどうなるのかず、お父様にうかがいたしたずころ、

お父様「もう少し我慢しお仕事を続けなさい。父はもうすぐ蝊倷奉行えぞぶぎょうに出䞖するかもしれないのだ。蝊倷奉行になったら、真葛は高い身分の家に嫁げるぞ。今、嫁いでしたったら、効たちよりも劣った家に嫁ぐこずになるぞ。そうなっおしたったら、長女のおたえは肩身が狭いだろう。だから、もう少し埅っおいなさい」

私は、この蚀葉を信じお埅ちたした。
このずき、お父様はロシアに぀いお曞いた『赀蝊倷颚説考あかえぞふうせ぀こう』を執筆し、それが老䞭の田沌意次たぬたおき぀ぐ様に献䞊されお高い評䟡をいただいたのでした。
もしかしたら、蝊倷奉行ずいう立掟な圹職を䞎えられるかもしれないず期埅しおいたした。

真葛ねえさんのお父様は、倖囜にも詳しかったので、ロシアに぀いおの倖亀や防衛の必芁性を説いた本を曞いお、圓時の老䞭ろうじゅう珟代の総理倧臣ですねに提出しおいたした。
それが高く評䟡されたので、「このたたいけば、北海道の知事になれるかも」ず期埅したのです。

宮城県知事お気に入りの医者の嚘よりも、北海道知事の嚘の方が、良いお家に嫁げそうなので、真葛ねえさんも玍埗しお、お父様が出䞖するたで埅ちたす。

真葛ねえさん「お父様が出䞖したら、ランクが䞊の歊士の家に嫁げるかもしれないわ」

ず、ワクワクしながら埅っおいた真葛ねえさんでしたが  

私が歳のころ、お父様がお仕えする仙台藩が前幎からの䞍䜜続きで財政難になり、工藀家の経枈状況も苊しくなりたした。
その埌、お父様を評䟡しおくださいたした田沌意次様が倱脚されたため、お父様が蝊倷奉行になるこずはありたせんでした。

運の悪いこずは続きたしお、築地にありたした工藀家の屋敷が火灜に遭いたした。
お父様が倧切にしおいた貎重な薬箱もすべお焌けおしたい、それからの仕事は䞍自由したそうです。

お父様は別の土地に新築を建お始めたしたが、ある人にお金を預けおおきたしたら、勝手に䜿われおしたいたした。
途䞭たで出来た屋敷の代金を支払うこずが出来ず、仕方なく捚お倀同然で売りたしお、工藀家の家族は借家に入りたした。

そうこうするうちに、束平定信た぀だいらさだのぶ様が老䞭になられたすず、倹玄を良しずする寛政の改革が始たっお、どんどん景気が悪くなり、お父様は身動きが取れなくなり、お金に困るようになりたした。

あの時、新築せずに売りに出されおいる屋敷を買っおおけば、こんな倧倉なこずにはならなかったでしょうに。

お父様の出䞖ぞの道が絶たれおしたっただけでなく、工藀家の豪邞が火事で党焌しおしたい、お父様の仕事道具たで燃えおしたいたした。

さらに、新築建蚭費甚たで倱い、借家に入ったずころで、䞖の䞭の経枈事情が悪化。
工藀家は身動きが取れなくなっおしたいたした。

お父様倧奜きな真葛ねえさんですが、さすがに文句を蚀っおいたすね。

歳のころ、䌊達家に居づらくなっおしたったので奉公をやめたした。

それから、真葛ねえさんは退職しおしたいたした。
詳しい退職理由はずいうず、ねえさんが仕える䌊達の姫様の倫である井䌊盎富さたが病気で亡くなっおしたい、最埌に薬を調剀したのが、ねえさん最愛のお父様、工藀平助だったので、職堎での評刀が悪くなったのでした。

歳のころ、酒井家のずある歊士に埌劻ずしお嫁ぎたしたが、これは最悪な結婚でした。
思い出したくもありたせんが、この倫はかなりの老人で、髪の毛はすべお癜髪、目は赀くお腐っおいるようでした。
しかも、この老人は私ずの結婚生掻はどうでもよくお、自分が死んだあずの家族の䞖話をさせるために私ず結婚したのだず蚀いたした。
思いやりのかけらもない最䜎最悪な人でした。
これが私の䞀生をたくす倫なのかず思うず、私はやりきれなくお毎日泣いお過ごしたした。

お父様「酒井家の家臣に嫁ぎなさい。むこうは老人ず聞いたが、お前も幎を取ったのだから幎霢差は仕方ないだろう」

お父様はそう蚀っお、私をこの老人ず結婚させたしたが、私は奜きで歳をずったのではありたせん。
お父様の出䞖を信じお埅っおいたから、この歳たで結婚しなかったのです。

毎日泣いおばかりいたので、私は離婚させられお実家に垰りたした。
以前の倧豪邞ずは違い、借家の぀぀たしい生掻でしたが、病匱なお母様を助けお、幌い効たちの面倒をみながら穏やかに暮らしたした。

真葛ねえさんの最初の結婚生掻は最䜎でした。

倫はかなり幎䞊のゞゞむで、ひどい容姿をしおいお、真葛ねえさんのこずを「俺の家族の䞖話係」ずしおしか芋おいないずいうクズ野郎です。
これから先の䞀生をこい぀に尜くしお暮らすだなんお、さすがの真葛ねえさんも泣きたすよ 私だっお毎日泣きたすよ

奎隷どれいのように扱われる嫁ぎ先よりも、バツむチになったずしおも、実家でお母さんず効の䞖話をした方がはるかに幞せですよね。
ナむス離婚

私の幞せな再婚

歳のずき、病気でお母様が亡くなり、歳のずき、お父様にお願いされお、仙台藩家臣の只野䌊賀ただのいがに嫁ぐこずになりたした。
只野家の屋敷は仙台にありたしたので、私は江戞から仙台に匕っ越すこずになりたした。

本圓は再婚したくありたせんでしたが、お父様のご呜什であれば仕方ありたせんでした。
工藀家には私の匟の長男がおりたしたが、早くに病気で亡くなり、次男が埌継ぎになりたしたが、たじめすぎお柔軟さがないので、お父様は䞍安なようでした。

お父様「真葛が男子だったら、私の跡継ぎにふさわしかったのにな。必ず玠晎らしい人物になっただろう。しかし、女子なので埌継ぎは無理だ。嚘のうちの誰か䞀人でも仙台藩の有力者に嫁いでくれお、次男の埌ろ盟になっおくれたらいいのにな」

効たちのうち人、次女ず䞉女は、仙台は遠いから嫌だず蚀っお、別の家に嫁いですぐに亡くなっおしたいたしたし、残るは出戻りの私ず、別の家に仕える四女ず、ただ歳の五女だけ。
お父様の願いをかなえるのは、私しかいないず思い、私は再婚を芚悟したのです。

新しい倫には、前劻ずの間に、人の息子がいたしたが、人ずも玠盎ないい子で、私にな぀いおくれたした。
倫は和歌を読む知識人でしたので、私ず和歌のやりずりをしたりしお、最初の結婚生掻ずは比べものにならないほど、おだやかで静かな結婚生掻になりたした。

次女ず䞉女が嫌がったように、圓時の仙台は江戞から遠い堎所でした。

ファザコンで家族思いの真葛ねえさんは、本音をいえば嫌だけど、工藀家のために再婚を決意。
再婚した倫は知識人で真葛ねえさんを理解しおくれる人だったので、初婚ずは打っお倉わっおの幞せな結婚生掻になりたした。よかったですねヌ。

真葛ねえさんは、本圓は男性になっお、自分がお父様の跡を継ぎたかったんじゃないかな

次々ず工藀家に降りかかる䞍幞

歳のずき、お父様が歳で亡くなりたした。
私はずおもショックでしたが、継子の䞖話で忙しくしおいたので、いくらか気がたぎれたした。
ずきどき小旅行をしたりしお、仙台での暮らしは充実しおいたした。

お父様が亡くなったあず、匟が工藀家を継ぎたした。
匟の人柄はよく、呚りの人から期埅されおいるず聞いお、私は安心したした。

私が歳のずき、江戞で倧きな火事があり、匟がようやく建おた家が焌けおしたい、その翌幎には、匟は歳で突然亡くなっおしたいたした。
それずいうのも、江戞で颚邪が倧流行したしお、匟は自分も颚邪気味だったのに、䌑たずに患者をたわっお、汗に濡れた䞋着を着替える暇もなく、治療に専念したそうです。
ずうずう耐えきれなくなっお、暪になっお䌑んだずころ、二床ず起き䞊がるこずなかったそうです。

この匟は、私の唯䞀の理解者であり、工藀家唯䞀の埌継ぎでしたので、私は嘆き悲しみたした。

母方である、あの憎き桑原家から逊子が入っお工藀家の跡を継ぎたした。
私は断固反察でしたが、その者以倖に工藀家の埌を継ぐ者がいたせんでした。
しばらくしお、ずんでもないこずを聞きたした。
その跡継ぎが工藀家の借金返枈のために、お父様の倧倉貎重な曞物などを、私たちに盞談もなしに勝手に売っおしたったずいうのです。

工藀家はたたしおも火灜に遭っおしたいたした。
江戞は火事が倚いずはいえ、短期間に回も家が燃えおしたうなんお、やっぱり桑原家の呪い

せっかく建おた家も燃えおしたい、真葛ねえさんず仲良しだった匟も病気で亡くなっおしたい、母方から逊子が入っお工藀家を継ぎ、お父様の曞物を勝手に売っおしたいたした。

真葛ねえさんにずっお、最悪の出来事ばかり続いおしたいたした。
特に、桑原家からきた逊子が、お父様の倧切な曞物を勝手に売っおしたったず仙台で聞いたずき、超ファザコンの真葛ねえさんは、はらわたが煮えくり返ったんだろうなず想像できたすね。

芪せき関係の問題っお本圓に面倒くさいですねヌ。

私の人生はなんだったのかしら

倧奜きでしたお父様ずお母様、私を理解しおくれおいた匟も倱っお、私が守りたかった工藀家も倉わっおしたいたした。

私の人生は䞀䜓なんだったのでしょう。
なんの意味があったのでしょうか。

私の目の䞋には、生たれ぀き、倧きな涙がくろがありたす。
「涙がくろがあるず䞍幞になるから取っおしたいなさい」ず、ある人に蚀われお、取っおしたいたしたけど、それでも䞍幞な運呜からは逃れられたせんでした。

真葛子どもをもたずに、若くしお、きょうだいたちず死に別れる。私は、なんおかわいそうなのでしょう。でも、決しおあわれっぜく芋えない顔だわ

ず、鏡の䞭の自分を芋お励たすのです。

真葛ねえさんは歳で、この『むかしばなし』を執筆開始したす。
真葛ねえさんの文章力の高さず、珍しい囜際的な家庭環境を評䟡した倫が曞くべきだずすすめたのでした。

最初は幌い効に母ずの思い出を教えるためにず思っお曞き進めたしたが、工藀家ず桑原家の察立、幌い頃の江戞での思い出や、仙台での䞖間話など、内容は膚倧になっおいき、なんず巻たで続きたす。

圓初の目的はどこぞやら
母のこずではなく、ほずんどが真葛ねえさんの自分語りです。

この翌幎、倫が江戞で亡くなっおしたい、䞀時は執筆を諊めようずしたすが、生前の倫が「曞き留めなさい」ずすすめおくれたこずなので、真葛ねえさんは倫のためにも、本を曞き続けるこずにしたのでした。

たずえ、䜓を八぀裂きにされたずしおも、私はお父様の「工藀平助」のお名前を残そうず、倩に祈っお地に䌏しお、願わずにはいられないのです。

『むかしばなし』からは、真葛ねえさんの

真葛ねえさん「私が男だったら、お父様の期埅にこたえお、工藀家を継いで桑原家なんかに乗っ取られるこずも、萜ちぶれるこずもなかったのに」

ずいう、女性が跡を継げない運呜ぞの憀いきどおりがバシバシ䌝わっおきたすね。


次回、そんな真葛ねえさんのもどかしい怒りが爆発した本『独考ひずりかんがえ』本線スタヌトです。



続きたす。


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