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『Magpie Murders (カササギ殺人事件)』の「magpieマグパイ」とは?

手に取らないで耳に入れ、最後はデバイス2つ持ちで

本屋で平積みにされた、その赤と青の上下巻からなるベストセラーの文庫本を、ここ数年でいったい何度手に取ったことだろう。そして何度そのまま、そっと戻したことか。数々のミステリー文学賞、そして本屋大賞(翻訳書部門)で1位を総なめにした『カササギ殺人事件』。面白くないはずがないのに、なぜ今まで手に取らなかったのか。ひとつには、上下巻というその長さに若干恐れをなし、同時に家で積ん読状態にある本の山が脳裏をよぎったからだろう。

そうして原作の出版から6年、訳書が出てからも4年が経ってしまった今年の2月、やっと私の中で、オーディブルで次に聴く本としての順番が回ってきた。英語版で15時間強。8割のスピードに落とすと19時間強。長いけど、まあのんびりいこう~、とウォーキングのお供に聞き始めたのだが…。

なにやらヤサぐれた中年の女編集者が、酒をあおりながら小説の原稿を読み始めるのだけど、その小説の舞台がまた戦後間もない50年代英国の田舎町。金持ちの屋敷で立て続けに起きる変死事件をめぐり、地主だの家政婦だの牧師だの骨董店主だのと、いかにも古めかしく閉鎖的でささくれだった人間関係の話が展開する。そもそも葬式の場面から始まる陰気な雰囲気で、杖にすがる老練探偵は動作も鈍く、いかにも昔の探偵小説である。

正直これ面白いのかな?と一抹の後悔がよぎる。折しも花粉の季節に入ってウォーキングもさぼりがちになり、それでも時々夕食を作りながら聴き継いで、(「それにしてもこの作中小説、長いなあ、こっちがメインで、フレームストーリーはあくまでお飾りなのかしら」などと思いながらも)少しずつ50年代の探偵物語にも謎解きの興が乗って来たなと思いかけたころ、ちょうど全体の半分あたり(おそらく文庫版だと下巻に入ったあたり)から、ぐぐぐっと急展開して、え、え、え、なになになに、どうなるの~!!!??? となって、気づいたら毎日無理やりにも時間を見つけてはイヤホンをかけ、なんならイヤホンで聴くだけじゃかったるくて目で読んだ方が早いわと思い(再生速度を落としてるのは自分やろ、という突っ込みはほんとにその通りだけど)、サイトを見たらKindle版の原書はなんと400円そこそこだというので即買いし、最後は一気に聴いては読み、あるいは聴きながら読み、要はすっかりのめり込み、後半はおそろしいスピードで読み終えてしまった。

作中何度か出てくる言葉「フーダニット(Whodunit)」(どう訳されてるのか知らないが)、まさに「誰が犯人か(Who's done it)?」を追い求めるミステリーなのだけど、これが作中小説の内容とリンクするどころか、小説そのものが現実ミステリーの鍵になっていて…ともかく、うまく言えないけれど、「お見事!」という筋立てだった。前半舐めていたこと、素直に謝りたい。

カササギの迷信と数え歌

さて本題(文字通り)。なぜこの本の題名(ホロヴィッツによるこの小説そのものの題名であり、かつ、作中に登場する小説家アラン・コンウェイが書いた小説の題名でもある)は『Magpie Murders』なのか。magpie(カササギ)という鳥、たしかに出てくる。作中小説の序盤、葬式の場面で墓掘り人夫が目撃する7羽のカササギ。そして、やはり作中小説中、ある人物が胸騒ぎを覚えるシーンで登場する1羽のカササギ。でも、ほぼそれだけだ。

偶然なのだけど、実はこの春、あるミュージカルを見ていて、やはりそれも20世紀半ばのイギリスの話なのだが、カササギの迷信の話が出てきた。少年が、1羽のカササギを見つけてはしゃぐ母親に、「ママ、1羽だけでいるカササギは見ちゃだめなんだよ。『1羽は悲しみ』って、言うでしょ!」と慌てて目を背けるように告げる。このミュージカルでは迷信が物語の鍵になっていていくつもの迷信が語られ、これはそのひとつ。(余談だが、なぜかnoteに書きたくなるときは、なにかしらこういう偶然、というかシンクロニシティが見つかることが多い。)

で、「1羽(のカササギ)は悲しみ、2羽は喜び…」と続く昔ながらの数え歌の文句が、この『カササギ殺人事件』でも語られる。そして(さっきウィキペディアで見るまで気づかなかったのだけど)、それがそっくり作中小説の章題にもなっている。1章はSorrow, 2章はJoy, そして A Girl, A Boy, Silver, Gold, A Secret Never to be Toldと続く。おお~、なるほど。最初は「悲しみ」、だから葬式の場面で始まるのか。そして、その後まず探偵の前に姿を現すのが「Joy」という名の若い女性なのか…! 読み終わってから知る事実(不覚)。

ただ、私はずっとこれ、「マグナス・パイ(Magnus Pye)」という名の地主が殺された事件の話だから、それに引っ掛けて「Magpie(マグパイ) Murders」と言うんだろうと思っていた。だから日本語で単に「カササギ殺人事件」と訳してしまうと、タイトルに込められた意味が半減するんじゃないかと余計な気を回してしまっていた。なんのことはない、私にこの数え歌の知識が無く、しかも章題に注意を払っていなかっただけだった。それにしてもこの数え歌、途中が「Seven for a secret never to be told」だなんて、いかにもミステリーに仕立ててくださいと言わんばかり、あまりにおあつらえ向きのフレーズで驚いてしまう。

カササギの色、そしてドラマシリーズ

ところで、カササギは「サギ」とつくけれど、いわゆる「サギ(鷺)」とは全く別種で、カラスの一種なんだそうだ。これもこのたびググって知ったこと。サギといえば田んぼでたまに見かけるシロサギを連想するし、百人一首に「かささぎの 渡せる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける」というのがあるから、完全にカササギは白い鳥だとばかり思いこんでいたのだが、実は黒が基調で少しだけ白い部分のある鳥らしい。どうりで、文庫本の表紙の鳥はシルエットのように真っ黒なわけだ。

さて、この『Magpie Murders』、イギリスでテレビドラマ化され、今年の2月に放映されたらしい。トレイラーはYouTubeでも見られるのだけど、なんとかして本編を見る方法は無いかと探っているところ。そのうちWOWOWあたりでやるかもしれないけれど、少なくとも日本のアマゾンプライムでは、まだ検索しても出てこない。IMDbにも登録してみたけど、視聴の仕方がよくわからない😢 もともとミステリードラマの脚本家でもある著者ホロヴィッツ自身がドラマ化の脚本を担当しているそうなので、原作のシーンが忠実に再現されているだろうから、いつか観られるのを楽しみにしたい。



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