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シアスター・ゲイツ展 アフロ民藝 @森美術館

現在、東京の森美術館で日本初個展を開催中のアメリカ人アーティスト、シアスター・ゲイツは、陶芸からミクストメディアのペインティング、インスタレーションや映像作品まで幅広く表現をする作家だ。
2022年には国際芸術祭「あいち2022」への参加もあり、さらに今回の大規模な個展ということで、日本での知名度はこれから更に高まっていくことと期待しているのだが、実は世界でも名だたるギャラリーのホワイトキューブ(White Cube)やガゴシアン(Gagosian)の取り扱い作家であり、もちろん世界最大級アートフェアであるバーゼルでも所属ギャラリーから作品が出品されるような作家である。つまり世界的には超が何個もつくレベルでの有名なアーティストなのだ。
そんな巨匠が日本で初個展。シアスター・ゲイツが日本の常滑で陶芸を学んできたことも今回の展示の重要な部分を担っていた。

展覧会タイトルには「アフロ民藝」という作家による造語が掲げられている。
このタイトルや展覧会告知のメインビジュアル、展覧会の宣伝記事などを見ていると、一体どんな展示になっているのか想像がつかず、プリミティブな雰囲気がある展示なのか、民藝寄りの全体像なのか、陶芸の展示なのかと不思議に思いながら何だかどうしても気になり観に行ってきた。

私の個人的な主観による結論から言えば、この展覧会はシアスター・ゲイツから誰かへの感謝と尊敬の想いの集積が常に中心にある展示になっていた。

父親が屋根修理職人だったというシアスター・ゲイツは、屋根の修理をするテクニックを使ってペインティングの作品を作っている。


“An Old Roof by an Old Roofer” by Theaster Gates (2021)
《年老いた屋根職人による古い屋根》



最初のうちは、「へー、面白いことを閃いたのね」くらいにしか思わなかったのだが、じっくりと展示を見て進んでいくうちに、ある作品の前ではっと気付かされた。


“Seven Songs” by Theaster Gates (2022)
《7つの歌》

7枚のシルバーの大型作品が並ぶこの作品は、彼がアーティストとして制作をしていく中で非常に重要な要素の一つである「タールペインティング(Tar painting)」という技法が使われている。これが屋根の修理をする際に使う技術をアート制作に応用した技法だ。
タールペインティングは当初、父親への尊敬の念から生まれた制作だったと言う。小さい頃父親が教えてくれた屋根修理の方法を彫刻作品(立体作品)に取り入れたかったという彼は、この作品に他にも同技法を使った多くの作品を作っている。
しかし今回展示されたこの7枚の作品は、その中でも一際特別なものだった。
アーティスト本人による解説によれば
“The work that you’re looking at is a work that is about my father and I.”
だったのだ。
整えすぎずに意味重視で日本語にしていくなら「今ご覧いただいている作品は、父と私です。」という言い方がしっくり来るだろう。「今ご覧いただいている作品は、私の父と私についての作品です」というのが日本語的には正しい訳し方になるかもしれないが、それだと私はニュアンスに違和感を覚えた。
この作品はシアスター・ゲイツが父親の家の屋根を、もう修理することが難しくなった父親に代わって修理した際にでた屋根の部材の一部を使っている。父親の生涯においてシアスター・ゲイツが作品制作技法を使って父を手伝った最後の作業だった。まさにこの作品は「父と私」そのものなのだ。「父と私についての作品」という日本語よりも、もっと強いニュアンスが存在しているように感じた。


《7つの歌》部分

展覧会全体を通して見終えて、どの展示室も素晴らしかったが、もう一度じっくり見るために順路を戻って観たのはこの作品だった。今回の展覧会での私の最も好きだった作品だ。シアスター・ゲイツがいかに家族と父親を大切に思っていたのか、タールペインティングの技法が、単なる小手先の現代美術っぽい技法として採用されたものではなく、真にアーティスト本人の一部であることが窺える。

もちろんこの作品だけではなく、どの他の作品も素晴らしかった。
最初の展示室で提示されるのは、ここまで空間を潔く、かつ効果的に使いこなし切れるアーティストがいたのかと圧倒されるような完璧なインスタレーションに仕上がっていた。
日本の常滑で陶芸を学んできた経験から、日本の文化や芸術について消化し、それが昇華した展示室では鑑賞者が踏みしめる床は全て常滑の陶器で埋め尽くされ、香りが漂う作品と奥から微かに聞こえてくる音が空間を満たしている。けれど、その静謐さはまさに日本の温度や湿度を含む静けさそのものであり、展覧会会場の天井の高い白壁空間でここまで世界を一変させられる空間掌握技術に脱帽した。


最初の展示室風景。床が全て常滑の陶器。
“Path”《散歩道》と名付けられた常滑の陶器で作られた床(2024)


最初の展示室風景


最初の展示室風景


“A Heavenly Chord”《ヘブンリー・コード》(2022)はブーンと音が鳴っている。
教会をイメージした椅子には実際に座って鑑賞することができる。

一見細かい資料が並んでいるだけの展示室でも、じっくり読みたくなるような話ばかりで、この展示は鑑賞時間がいくらあっても足りないくらいだ。


これまでのプロジェクトを紹介している展示室部分


展示室部分

特に面白かったエピソードは「ストーニー・アイランド・アーツ・バンク」(Stony Island Arts Bank)のプロジェクトについてのパネル展示だ。
1980年代から閉鎖されていた地方銀行を、2013年にゲイツはシカゴ市から1米ドルで購入し、それをアートセンターに生まれ変わらせるため、改修資金を集め始める。その資金集めの方法が面白い。なんと建物に使われていた大理石から100個のブロックを作り、一つ一つのブロックに ”In Art We Trust”と刻印したものを2013年のアート・バーゼルで1個5000米ドルで販売し、それを建物改修費用にしたというのだ。 (展示では In Art We Trust” に「アートを我々は信じる」という日本語が付けられていましたが、このフレーズは国や年代を超えてこれまでにも各所で掲げられてきたフレーズであり、私の中では「何をもってしてアートと定義するのか」という雰囲気に感じているフレーズです。「我々がアートとして信じているもの」だとか「アートにおける私たちが信じていること・もの」みたいな感覚です。ズバリ訳するのが難しい、けれど世界中で問われていることという感じですね。ぜひ気になる方はIn Art We Trustで検索してみてください。わんさか記事が出てきます。)

ちなみに本文頭でもギャラリーの話のところで少し触れているが、アート・バーゼルは世界で最もメジャーなアートの見本市で、本拠地であるスイスのバーゼルで行われるものをバーゼル・バーゼル、アジアでは香港で行われるものがあり、それは香港バーゼルと呼ばれている。まさに今年も今、スイスのバーゼルではバーゼル・バーゼルが開催中で、アート関係者のインスタグラムにはバーゼル・バーゼル本体や関連した展示で奮闘する様子が日々更新されている。今の時期日本からスイスまで行って闘うというのは例年以上に生死をかけた闘い(大袈裟ではないと思う)になっていると想像できるので、ぜひ知り合いのギャラリストさんたちが全員うまくいきますようにと密かに祈っている。

シアスター・ゲイツは、そんなバーゼル・バーゼルで、1ドルで買った建物から掘り出した大理石に刻印したものを何倍もの価格にして販売したというのだから、もうまさに刻印したフレーズそのもので、「現代アートってなんやねん」という投げ掛けも含んだ、プロジェクト全体が作品となっている壮大な話なのであった。
この話を読んだ時、思った正直な感想は「かっこいい」だった。そして「なんてバランス感覚を維持できるすごいアーティストなんだろう」ということも展示を見ながら思った。
巨大マネーが動く現代アートのマーケットと、自分自身が真に追求したいことを、絶妙なバランスで動かしている。資本主義社会に生きている以上、資本主義のシステムを上手に利用しなければ自分のやりたいことも出来なくなる可能性も大いにある。そんな現代社会において、自分の信念と資本主義経済のバランスをとりながら生き抜いていくことは、しばしば難しい時もあると私は感じている。心のメンテナンスも必要だし、自分が軸がぶれていないか時々確認しなければならない。シアスター・ゲイツの作品ももちろん素晴らしいし、これまで手がけてきたプロジェクトもどれも素晴らしいと思うのだが、私は今回の展示を通してアート云々以前の心のあり方や生き方のようなものに興味が湧いていた。そういうアーティストの作品は、ずっと続けて見続けたいと思ってしまう。


ブラックカルチャーの本棚がある部屋。ここも座ってゆっくり本を読むことができる。

日本の美を感じさせるような常滑の陶器の部屋や、動画作品、ブラックカルチャーについての図書館を展示室内に作り上げたり、年表での面白い展示があったり、色々考えさせられながら見て進み、そして最後の展示室は音楽が流れ、光がくるくると反射するダンスルームのような楽しい空間で展示を締めている。
最後にこの部屋があるおかげで、ズーンと考え込みすぎず、色々展示してきたけど最後は楽しく軽やかに帰ってよね、という雰囲気も感じられて、優しさのような心憎さも感じられる素晴らしい構成だった。


最後の展示室風景


最後の展示室にあったタールペインティングの別の作品もカッコよかった。


最後の展示室風景

全くもって、なぜこの展示に長蛇の列ができていないのか、不思議で仕方がない。

まだ会期にゆとりがあるが、これからどんどん「シアスター・ゲイツ、行ってよかった!」という口コミが広がることは間違いないと思うので、混み合う前にぜひ行かれることをお勧めする。


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