『アニバーサリー』窪美澄著を読んで考える未来のこと

この著者の作品は数冊読んだことがあるが、今回の長編は考えさせられることが多かった。

物語は東日本大震災の頃に子を産む主人公真菜と、お節介なマタニティスイミングの先生晶子を中心に描かれる。美人料理研究家の母を持つ真菜は灯りのついた家で自分を待ってくれるお母さんがいる家庭に生まれたかった。母の活躍と比例して増える夫婦喧嘩から逃れるように援助交際を重ねる。カメラマンになって、雇い主に恋し捨てられた後に妊娠。一人で育てることを選ぶ。

晶子は戦前生まれ。4人子どもを授かるが2人はすぐに死んでしまう。その喪失を埋めるように始めたスイミングのコーチの仕事を通して沢山の母と子を情熱的に指導する。NHKでばりばり働く仕事人間だった夫がリタイアした後、晶子に向かって尊敬しているという場面はこの物語の一つのクライマックスか。

真菜は困難な時代に父親のない子どもを生んだことで、子供に対して責任を感じている。地震や原発で日本中が冷え切っていた頃だ。今のコロナ禍の状況と重なるものがある。親子関係など考えさせられることが多い内容だが、今日は真菜が子どもに懺悔しているように見えるこの世界のことを考えてみたい。

出てきてはだめだ。この世界は終わりはじめているのだから。痛みに耐えている間にもネットで見続けた画像の数々があたまをよぎる。津波に流された街、田畑、人。瓦礫に産まれた原発。真菜が子どもの頃から待ち続けた世界の終わりが、すぐそこにあった。(241ページ)

出産のシーンだ。今はコロナで世界中が大変なことになっているが、震災や原発のことを忘れていないか。近年多発するの地球温暖化による大雨の被害も過ぎたら首都圏に住む私とっては風化してしまうニュースの一つになってしまう。テレビをつけると右を見ても左を見ても生きていくのが辛くなる天災人災で溢れている。目をそらして自分の前だけを見ていないと自分が途方もない災禍の海に溺れてしまうかのように私たちは必死に漕ぎ続けているのかもしれない。

私も三人の子を産んでよかったのかと考え込むことが時々ある。日本はじめ先進国の女性は子どもを産まなくなった。産んだところで子育てを楽しむ余裕もなく仕事に復帰する。経済力は大事だ。自分を守るために簡単に手放して欲しくない。では真菜が望んだ灯りのともった家は幻でいいのか。私が住んだアメリカでは12歳までの子を一人で留守番させると虐待に当たると罰せられる。

高度にAIなどの技術が進んだ21世紀。環境問題や年金問題、労働問題など未来への課題は積み増されるばかりに思われる。大国は世界を制覇しようとしているのか不穏な情勢が水面化で進んでいるようだ。レジ袋の有料化など、部分的な取り組みだけでなくもっと大局を俯瞰する必要があると思う。でも私はあまりの問題の大きさに思考停止してしまう。たぶん大勢の日本人と同じように。

友達の息子さんが結婚して今度赤ちゃんが来るそうだ。2020 年生まれ!仮に順調に80年生きたら2100年を見ることになると思うと改めて壮大なことだ。その頃の世界が住みやすいものに、赤ちゃんを産んで育てたくなるように皆で考えたい。



この記事が参加している募集

#読書感想文

188,766件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?