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【読書】予想外の展開が待っている~『大力のワーニャ』(オトフリート・プロイスラー作、大塚勇三訳)~

プロイスラーファンなのに未読だったので、読んでみました。


題名のみを知っていた時、勝手に「ドイツの元気な女の子の話」だと思っていました(多分、『長くつ下のピッピ』と混同している)。読み始めたら「ロシアの怠け者の男の子(というか、もはや青年)の話」で、びっくりしました。なるほど、ワーニャはイワンの愛称なのね。


その怠け者のワーニャを、父親のワシーリとおばのアクリーナが甘やかすので、いっこうに怠け癖が抜けないわけです。ワーニャの兄2人にしてみれば、たまらないですよね。でもおばさんは、知っていたのかもしれない。

まるでおばさんは、もうこのころから、心のずっとおくのほうで、感じとってでもいるようでした。……村の人たちが、《なまけのワーニャ》とよんでいる、このワーニャが、いつの日か、とほうもない事業をなしとげるだろう、……国じゅうの人々が長く語りつたえるような事業をなしとげるだろう、と。

p.13


そんなワーニャが、見知らぬ老人から使命を授かるのですが……。

「皇帝になるためには、おまえはまず、しばらくのあいだは、一つのことだけしておればよい。……なまけていることだ。」
(中略)
「そう、パンやきかまどの上にねて、なまけていることだ。……これから立ちむかう、むずかしい偉大な事業のために力をたくわえるためにな」

p.20

すごい使命です。やる気のない生徒に対しては、これからは「むずかしい偉大な事業のために力をたくわえ」ているのだと思うことにしましょう。ワーニャを見ていると、怠けているのも楽ではないことが分かるので。何せヒマワリの種だけで飲み物もなしに、しかも喋らず、かまどの上で7年間過ごさねばならないのですから。


「どんなことでも、きまっただけの時がかかる。それは変えようがないもんだ。」

p.39

ワーニャ、名言です。


一方で、働き者の兄2人のがんばりが無視されているわけではありません。

「あのふたりのどちらにも、神のおめぐみがあるように。」と、老人はいいました。
「たゆまぬ働きと苦労は男をみごとにする。ながれる汗もわすれてはたらく者には、いずこでか、その報いがあるだろう。」

p.65

ちなみにこの老人が、ワーニャに使命を授けた人です。後に老人の正体が分かるのですが、予想もしない人でした。


ともあれワーニャは、ようやく旅立ちます。


十二人の船人夫が、くろうしながら、船を川上へひっぱっていました。……みんなは船をひっぱりながら、かなしい歌をうたっていました。

p.106

これを読んだ時、突然記憶がつながりました。ピアノを習っていた時、教則本の中に「ボルガの舟歌」が載っていたのですが、あれって舟に乗っている人が歌っているのではなく、引いている人が歌っているものだったのですね。ウィキペディアさんにも、「ヴォルガ川の船引き人夫の労働歌」と書いてあります。


うしろのほうで、大きな、はじける音がしました。ふりかえってみると、森の地面には、ぼろぼろになった、からっぽの緑の皮があり、そこから、低くしゅーっと鳴りながら、最後の空気がぬけていくのでした。
悪いオッホは、怒りのあまり、破裂してしまったのです。

p.136

怪物の最後とはいえ、シュールです。破裂するほどの怒りは感じたくないものです。


かまどは、長いけづめのついた、たくましい、はだかのニワトリの足四本で走っています。

p.168

魔女ババヤガーの乗り物は、パンやきかまどです。それは良いのです。たとえ「はだかのニワトリの足」という表現が意味不明でも。


かれは死にものぐるいで、ウォロークのくれたチェルケスの短剣を帯からひきぬくと、パンやきかまどめがけて投げつけました。短剣は、かまどの右のわき腹に、ぐさりとささりました。その傷口から、ふとい流れになって血がふきだしました。もうもうと湯気のたつ、黒い血でした。
かまどは、するどい悲鳴をあげて、つっ立ちあがりました。

p.171~172

かまど、生きていたらしいです……。オッホより、更にシュール。


亭主というのは、よくふとった、あぶらぎった男で、パンケーキみたいな顔をしていました。

p.230

「パンケーキみたいな顔」って、分かるようなわからないような……。でも面白い表現です。


上記の宿屋の亭主のところで出た料理ですが、ピクルスを「酢づけのキュウリ」、サワークリームを「すっぱいクリーム」と言っているかと思えば、クワスはいきなり説明なしで「クワス」と言っています。大塚勇三さんの日本語に直す基準が謎でした。あえて言えばクワスは、ノンアルコールビール?


しかしワーニャに使命を与えた老人の正体といい、ワーニャが旅の途中で手に入れたのが「皇帝イワン・ワシリエヴィッチのよろい冑」(イワン・ワシリエヴィッチはワーニャの本名)だった点といい、子ども向けとは馬鹿に出来ない予想外の展開でした。特によろい冑の件は、はるかな昔にワーニャのものだったものを、改めて手にしたということでしょうか。時空を超えている気がします。


ちなみにふと、大塚勇三さんがいつまで生きていたのかが気になり調べてみたら、2018年に亡くなっていました。意外と最近なんですね。


見出し画像は、モスクワのマンホール蓋です。ワーニャが辿り着くのはモスクワではないと思いますが、ロシア関係ということで。

もしご興味がおありでしたら、ブログの方の記事もご覧ください。




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