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「どうする家康」では描かれない、足軽の話~『足軽仁義 三河雑兵心得(壱)』(井原忠政)~

久しぶりに、文句なく面白く、どんどん読み進められる小説に出会いました。

↑kindle版


雑兵の視点から戦国時代を見るというのが、非常に新鮮です。普通の時代小説なら主役である家康が、脇役になるという……。「名もなき民」一人一人にももちろん名前があり、それぞれの人生があったということが、改めてよく分かります。


主人公の茂兵衛は、とんでもない乱暴者です。のっけから喧嘩のはずみで人を殺してしまい、村にいられなくなってしまいます。そりゃ、薪で人の頭を殴ったら、死ぬでしょうよ……。


でもこの茂兵衛、頭は悪くないし、実は情にも満ちています。発端の喧嘩にしても、いじめを受けた弟に代わって、復讐しようとしてのものでした。槍の訓練をしろと言われたら、日々きちんと行う素直さもあれば、足軽になった後、自分が殺した相手に手を合わせる心もあります。村では嫌われ者だった茂兵衛が、足軽仲間から頼りにされるようになっていくところは、ちょっと感動的でもあります。


あえて難を言うとすれば、現在放映中の「どうする家康」を見ているからこそ、物語の背景が分かるのであり、その知識なしで読んだとしたら、ちょっときつかったかもと思わなくもありません。でも、「どうする家康」を見ているからこそ、そこでは描かれない足軽たちの日常が知れて、楽しいです。そもそも何しろ文章が達者なので、背景の知識なしでも、問題なく読み進められるかもしれません。


正直、戦闘シーンに次ぐ戦闘シーンで、陰惨な話ではあるのですが、台詞が三河弁で語られるので、陰惨さが和らぎます。


以下、印象に残った部分です。

古今東西”落武者狩り”とはそういうものだろう。
己の領主側であろうが、攻め込んできた敵側であろうが関係ない。農民から収穫物やら人手を収奪するのは、どこの武家も同じだ。夜陰に乗じて敗残兵を殺した後は、甲冑や武器を剝ぎ取り、遺体は後難を恐れて山に埋めるか、沼に沈めるかする――それが当節、まっとうな百姓の行動規範というものだ。

p.49~50

「まっとう」かはともかく、己の領主側にも落武者狩りを行ったというのには、驚かされました。農民も、武士に振り回されるばかりではない、したたかさを持っていたということでしょうか。


戦国期の甲冑は”当世具足”と呼ばれる。室町期以前の”大鎧”の欠点が克服改良され、軽くて、量産がきき、防御力に優れていた。

p.50

なるほど。


これは寺内町と呼ばれるもので、信仰の中心である寺と、商業施設、軍事的な城郭――三者の機能を一堂に集めた、当時浄土真宗系の寺院が多く採用した形態だ。

p.72

「どうする家康」で観たので、寺内町のイメージが分かりやすかったです。


「逆茂木は、別名鹿砦ともゆうてな、鹿の角のように枝の混んだ木々を選び、城の周りに寝かせ、敷き詰めるだら」
(中略)
「乱杭は、もう少し手間がかかるな」
丸太や竹の両端を削って鋭く尖らせ、その一方を土に埋めこんで固定する。もう一方は敵が侵入してくる方向に向けておく。それを幾本も並べ、城を剣山のようにとり囲むのだ。

p.106~107

逆茂木と乱杭の区別がついていなかったので、茂兵衛たちと一緒に理解しました。


苗字は、朝廷から授かる姓とは違う。庶民でも勝手に付けていいが、公に名乗ることは憚られた。

p.109~110

これまた、苗字と姓の区別がよく分かっていなかったので、勉強になりました。


弥陀の名を唱えながら人を殺す――仏は、この行為をどう観念し、総括しているのであろうか。

p.204

この巻は主に三河一向一揆を扱っているので、一向宗門徒同士の殺し合いということになります。本当に、仏様はどのようにお考えだったのでしょうね。


「九月に刈り入れが済んでから戦の準備を始め、翌年、田起こしが始まる前に終えるのが、まっとうな侍の戦ってもんだら」

p.221

なるほど。戦いが一年間のいつ頃行われているかは、考えたことがなかったのですが、納得がいきました。


戦となると、国守である家康は、夏目党や深溝松平家などの国人衆に対し陣触れを発する。次郎左衛門や又八郎は数十人から百人ほどの軍勢を整え、岡崎城へと馳せ参じてご奉公を――つまり軍役を果たすのだ。言わば寄せ集めの軍隊であり、家康は国人衆の顔色をうかがいながら指揮を執ることになる。国守の権威と実力は絶対的なものではなく、同等者中の筆頭者の域を出ない。

p.280

これは意外であると同時に、だから三河一向一揆のようなことが起きるのかと、非常に納得がいきました。国守というのは、絶対王政期より前のヨーロッパの国王と同じなのですね。


2巻以降を読むのが、とても楽しみです。


見出し画像には、茂兵衛のど根性ぶりに敬意を表し、アスファルトの隙間から生えたど根性植物の写真を使いました。


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