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最後の最後まで、意外な展開が待っている~『みかづき』(森絵都)~

*この記事は、2019年5月のブログの記事を再構成したものです。


塾を中心に教育業界に携わってきた大島一族3世代をめぐる物語です。ようやく読み終わりました。いや、長かった……。


長いだけでなく、これほど主要な登場人物の誰にも共感できない小説を読むことも、あまりないです。もちろんその時々の感情には共感できる面もありましたが、人間存在としては、受け入れがたい人ばかり。


なのになぜ読了できたかといえば、読み始めたからには、途中で投げ出すのは嫌だという意地もありました。でも何よりも話の展開が巧みな上、文章も達者だからです。結構夢中になって読んでしまいました。最後の最後まで、意外な展開が待っていて、あきなかったです。


教育問題を中心に、その時々の時代背景が巧みに取り込まれており、どれだけ綿密にリサーチをした上で書いたのだろうと、その努力に頭が下がります。でも2ヶ所だけ、どうしても引っかかった点がありました。


まず、文部省の人間が「学校週休二日制」という表現を使うのは、百パーセントありえません。他のところで使われているように、「学校五日制」が正しいです。私自身、教職課程の授業の発表で、「週休二日」という表現をうっかり使ったことがありましたが、厳しく注意されたものです。


また、ボランティアの補習授業とはいえ、教える人間が子どもの親に対し、その子の名前を呼び捨てにする場面も、非常に違和感がありました。少し後のシーンではきちんと「直哉くん」と呼んでいるので、これは校正不足だったのかもしれませんが。


でもまぁそんな細かいことは、どうでもいいといえばどうでもいいです。


心に残った言葉を、2つご紹介します。


塾教師の役目って、私、その気になればいくらでものびていく子どもたちの火つけ役になることだと思うんです。つまりはマッチですね。頭こすって、こすって、最後は自分が燃えつきて灰になったとしても、縁あって出会った子たちの中に意義ある炎を残すことができたなら、それはすばらしく価値のある人生なんじゃないかって。

一教員として、同感です。


教育は、子どもをコントロールするためにあるんじゃない。
不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ――。

学校教育のみならず、塾や予備校も含め、教育関係者がこういう思いで教育に当たれば、世の中少しは良くなるはずですよね。教える側が子どもの点数に囚われたら最後、とんでもないことになると思います。

ただ一方で、最近の生徒や保護者の中に、「コントロールされないための力」を勘違いしている人が、たまにいることが気になります。近年話題のブラック校則に異議を申し立てるのは、もちろん当然ですが、「こういう行動はマナーに反している」という指導すら、コントロールと判断される場合があるのです。


教育関係者や、現在子育て中の親御さんにとって、一読の価値がある作品だと思います。


見出し画像には「みんなのフォトギャラリー」から、三日月の写真をお借りいたしました。




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