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テーマを絞っても良かったのでは?~『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)~

この本は存在は知っていたものの、積極的に手に取ろうとは思いませんでした。しかしたまたま手元に来たため、読んでみました。

↑kindle版(特典の書下ろし小説付きです)


なお以下の感想は、ネタバレを含む点をご了承ください。この本については、どうしてもネタバレなしで感想を書くことは難しいので。


親からの虐待を受けてきたヒロインの貴瑚(きこ)が、別の形で虐待を受けている少年と出会い、彼を救おうとする話です。冒頭では好感の持てなかった貴瑚ですが、彼女がここにたどり着くまでの過程が少しずつ明かされていくと共に、よくぞ生き延びてくれたと思えるようになります。何せ虐待の話ですから、読むのは辛いものの、文章が達者なため、思わず引き込まれて読み進めてしまいました。


しかし途中から、だんだん嫌になってきました。2人分の虐待の話なだけで、1冊分のテーマとしては充分なはずなのに、田舎特有の人間関係、難病の家族の介護、不倫、挙句の果てにトランスジェンダーとその家族の問題、アウティングと、テーマが多すぎるのです。その時町田さんが興味を持っていて、書きたかったテーマをすべて詰め込んだ、という感じでしょうか。もう少しテーマを絞っても良かった気がします。


テーマだけではなく、書きたいシーンや言葉も、すべて捨てることなく盛り込んだのではという印象を持ちました。題名である、他のクジラと違う52ヘルツの周波数の声を持つクジラの話は確かに魅力的で、小説のモチーフとしたかったのは、よく分かります。ただ、「他の仲間と周波数が違うから、仲間と出会うこともできないんだって。例えば群がものすごく近くにいたとして、すぐに触れあえる位置にいても、気付かないまますれ違うってことなんだろうね」という説明には、違和感を覚えました。確かにそのクジラの声は他のクジラには聞こえないだろうけど、視覚というものがあるのだから、いくらなんでも触れあえる位置にいたら、気付くでしょうに。


主要登場人物の命名についても、貴瑚をはじめ、ほぼいないであろうキラキラネームばかりで、ちょっと違和感を感じました。ヒロインを救ったアンさんが、いきなりヒロインに「キナコ」というあだ名をつけ、「アンとキナコって、何だか相性よさそうでしょ」と言ったシーンには、このシーンを書きたくて二人の名前を付けたのだろうと、あざとさすら覚えました。


ただ、それこそアンさんの描写についてはちょっと感心しました。話の冒頭では、ヒロインの台詞から、カッコいい系の人物を思い浮かべていたのに、実はアンパンマン似だと分かった時には、良い意味での裏切りを感じました。そして更にアンさんの秘密が分かった時には、そうきたかーと感心しました(ただし一方で、上記のとおりテーマを盛り込みすぎという意味で、そういう設定にする必然性はないとも思いましたが)。


魂の番(つがい)という言葉も、どうしても盛り込みたかったのでしょうけど、スマホが出てくる21世紀の話の中だと、ちょっと浮く印象です。3世代にわたる妾の血筋というのも、ちょっとどうかと……。


虐待から逃れた貴瑚が、魂の番だと思った相手から暴力を振るわれる設定には、もはやありえないと、冷めた気持ちになってしまいました。不幸体質みたいなのはあるかもしれないけど、いくら小説でも、現実離れしすぎです。
また、貴瑚が少年に52という呼び名を与えたことには、例え52という数字に意味があるにしても、囚人じゃあるまいしと、嫌悪感を覚えました。


ただ、結末まで読み終わると、最終的には小説としての出来は悪くないのかなと思いました。町田さんの他の作品も読んでみようとまでは、少なくとも今のところは思いませんが。


見出し画像には「みんなのフォトギャラリー」から、可愛らしいクジラのイラストをお借りいたしました。


↑文庫版



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