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お仕事百景~『おつとめ<仕事>時代小説傑作選』(細谷正充編)~

「仕事」をキーワードにした時代小説のアンソロジーです。


・「ひのえうまの女」(永井紗耶子)

主人公の利久(りく)は丙午の日の生まれなため(ということにされている)、気が強く、それが災いして縁談が破談になり、大奥に行くことになります。まぁ破談になって良かったような縁談ですが。


大奥女中の条件は、旗本または御家人の娘であるとされています。とはいえ、御目見得以下の御家人の娘よりも、御目見得以上の旗本の娘である方が、出世の道が開けます。

p.6

「お清(きよ)」というのは、上様の御手の付いていない奥女中たちのことでございます。そして、大奥の中においては、お清の方が大多数を占めており、少数派である「汚れた方」たちは、上様の御寵愛の度合いや御子のあるなしなどによって、お立場が左右されます。
(中略)御子を授かればお手柄と褒められもしますし、若君なら御部屋様、姫君なら御腹様として立場も大きく変わります。

p.9

大奥を描いた時代劇や時代小説にあまり触れてこなかったので、これらのことは初耳でした。ちなみに「汚れた方」というのは、御手付き中臈のこと。


筆跡の癖をなくし、その御方になりきって書くことも、祐筆の仕事のうちでございます。

p.45

これも初耳でしたが、祐筆は代書の仕事もしていたということですね。現代の代書屋を主人公にしたのが、『ツバキ文具店』です。


利久は最初は出世を目指し、ガツガツしていたものの、仕事がうまくいかない上、周囲にも眉を顰められます。しかし出世のことを忘れ、務めに励むことで、かえって良くなっていくのですが、現代にも通じる話だなと思いました。


・「道中記詐欺にご用心」(桑原水菜)

このアンソロジーを読もうと思ったきっかけが、この作品です。水菜さんの『箱根たんでむ駕籠かきゼンワビ疾駆帖』に収録されている作品ですが、『箱根たんでむ』は1冊で終わってしまったのが惜しいくらい、面白かったんですよね。

↑kindle版

とはいえ「道中記詐欺にご用心」のことは、初見かと思うくらい覚えていませんでした(^-^;

「いいか、おっさん。駕籠かきはなあ、どんなに客が重かろうが坂がきつかろうが、駕籠を放り出すことなんかはできねえんだ。客が言った行き先に辿り着くまでは、担ぎ続けるんだ。あんたは客の重さのせいにして、坂のきつさのせいにして、駕籠を投げだしたんだろう」

p.95

漸吉のこのセリフは、かっこよく、かつ痛快です。どんな仕事にも通じますよね。

「人間天職が見つかれば、そう簡単には折れねえとは思うがね」

p.102

このセリフも良いです。


・「婿さま猫」(泉ゆたか)

個人的に、この作品に出てくる女性キャラクターが、ほぼ全員好きになれません。仙も美津も、何だかあざとい。泉ゆたかという作者名から、「男性作家が書いた女性キャラクターなんだな」と思ったのですが、「解説」によればこの本は「現役女性作家による、テーマ別時代小説アンソロジーのシリーズ」(p.340)の1冊なので、泉ゆたかさんも女性なのでしょう。ただ、以下の一節は良いです。

「トラジは獣のくせに、あんたの勝手でここにいるんだ。ここにいてくれてるんだ。トラジに余計な負担を掛けようなんて考えずに、少しでも楽しく穏やかに暮らせるように、あんたが心を配ってやってはどうだ?」

p.162

飼い猫を文字通り、猫っかわいがりしているくせに、意識がずれている飼い主を叱るセリフです。


・「色男」(中島要)

吉原の花魁である朝霧が主人公です。

なにしろ初手から借金で縛られている上、衣食住のうち、あてがわれるのは屋根ばかりだ。衣装や食事、蚊帳から炭の果てに至るまで全部自腹を切らねばならない。しかもつき従う禿や振袖新造たちの掛かりも姉女郎が背負わされるから、ちょっとやそっとの稼ぎでは追いつかないのが実情だった。
加えて節句ごとに衣装を新調し、月に何度か「紋日」もある。この日は揚げ代が二倍になる上、ひとりの客に買いきってもらう「仕舞」をつけるのが慣わしだ。
客に仕舞をつけてもらえなければ、女郎自身が自分を買って仕舞をつけることになる。

p.174

ここまで金に縛られているとは知りませんでした。しかも、自分を買うって……。


大門で閉ざされた吉原の中には、八百屋もあれば菓子屋も湯屋もある。そこから一歩も出られない女たちが不自由なく生活できるよう、すべてが揃った町なのだ。俗に「遊女三千」などと言うが、吉原の人口はおよそ一万人。つまり倍以上の数の人間が女郎にすがって生活している計算だった。

p.177

吉原は1つの経済圏だったのですね。


朝霧のような廓育ちの禿立ちは、年季が明けても大門の外では暮らせない者が多い。幼くして親に売られ、男の機嫌をとるためだけに育てられてきたせいで、炊事洗濯針仕事といった女の務めがまるで果たせないからだ。
いくら茶の湯や和歌に通じ床上手であったとしても、日々のことができなければ普通に暮らせるはずがない。結局旦那に落籍されて、下女を使う妾になるのが大門を出る唯一の道である。

p.195

切ない話です。


大店の若旦那がこうしたしくじりをするのはよくある話だ。こういう場合は通常改心を促すために、まず「内証勘当」をされた。これは役人に届けない口先だけの勘当で、親の言いつけを守って一年なり二年なり真面目に働けば、また元通り家に迎えられるというもの。
しかし山崎屋はよくよく息子を見限ったのか、その場で勘当帳に登録する「本勘当」を申し渡した。

p.201

勘当って、役人に届けるものなんですね。


吉原関連の時代小説を集めたアンソロジーが、『吉原花魁』です。


・「ぼかしずり」(梶よう子)

最近、梶よう子の『広重ぶるう』が原作のドラマをNHKで観たばかりなので、興味深く読みました。


浮世絵の摺師が主人公ですが、伏線も上手に引かれており、面白かったです。主人公の弟弟子が、意に染まない仕事を任され、くさっていたところ、親方の真意を知ってはっとするところが良かったです。「手早くきれいに仕上げられるのは直しかいない」なんて言われたら、有頂天になりますよね。直接言ってくれれば、なお嬉しいけれど。


・「鬼は外」(宮部みゆき)

節分の豆まきを背景に、「鬼」として追われる者の悲哀を描いた作品です。宮部みゆきの作品は、数えるほどしか読んだことはありませんが、トリを飾るにふさわしい作品ですね。

「吟味方のお役人は、声が好いというのも取り柄の内なんだ。だみ声でぼそぼそしゃべってんじゃ、脅しがきかねえからな」

p.294

なるほど。


江戸時代の馴染みのないお仕事について知ることができ、なかなか面白かったです。



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