見出し画像

目の前にあるものを、あるがままに受け入れること~『ツバキ文具店』(小川糸)~

この作品は多部未華子主演のドラマの放映時、友人が「margreteちゃんが好きそうな話だよ」と言って勧めてくれたものです。諸事情から、結局観ずじまいだったのですが、何となく心に引っかかっていたため、読んでみた次第です。



とはいえ読み始めてすぐに、「ちょっと無理かも」と思いました。主人公の鳩子のお隣さんが、「バーバラ婦人」というのです。愛称なのですから、別に外国名でも良いのですが、「バーバラ夫人」ならともかく、「バーバラ婦人」って何だろう、と思ってしまったのです。細かいことではあるけれど、何か肌に合わないかも、と思ったのです。


でも読み進めていったところ、次第に話に引き込まれました。鳩子の祖母であり、育ての親である先代は大変厳しい人で、鳩子はその厳しさに耐え切れず、一度は逃げ出しました。先代の死後、戻ってきて文具店と代書屋を引きついだものの、彼女の心はどこか閉ざされていました。


その鳩子が、一年かけて自分や先代と和解し、魂の再生を果たす様が描かれています。物語の冒頭の朝のルーティンの描写から、反発しつつも鳩子が先代に教えられた生活パターンを守っていることが示されています。物語を読んでいる読者の方が鳩子より先に、間違いなく先代は鳩子を愛おしんでいたことに気づかされます。だからこそ、先代がパリの友人に送っていた手紙を通し、鳩子が先代の不器用さに気づくシーンには泣かされました。


心を開いて、目の前にあるものを、あるがままに受け入れれば、人生は輝く。そのことに気づいた鳩子は、初めて先代に向けた手紙を、代書屋としての字ではない、自分だけの文字で書きます。その手紙にも泣かされました。これを書くことで、鳩子は真の再生を果たしたのでしょう。私も友人にドラマを勧められた時、素直にドラマを観れば良かったのかもしれません。そうすれば、もっと早くこの物語に出会えたのですから。


なお、物語の舞台となる鎌倉の四季の描写も見事です。実在のお店が、さりげなく盛り込まれているのも憎いです。物語が舞台にしている町を知っている場合、時に登場人物の移動距離などに不自然さを感じたり、町の描き方にあざとさをおぼえたりすることがありますが、鎌倉に多少土地勘のある私が読んでも、違和感は感じませんでした。


そしてこの物語を味わい深いものにしているのは、鳩子が書いた、あるいは鳩子が受け取った手紙が、手書きの文字のまま盛り込まれていることです。本当にツバキ文具店や鳩子が、存在しているように思えます。


ちなみに代書屋という仕事、本当にあるんですね。作中に出てくるカレンさんほど壮絶ではないはずですが、私自身決して字が上手ではないので、何かの時にはお世話になりたいです。鳩子は依頼者の字に近づけた、様々な書体をこなしますが、実在の代書屋さんも、本人の字に近づけてくれるようです。


見出し画像は、崎陽軒のシウマイについている醤油入れの「ひょうちゃん」です。鳩子の手元には48種類のひょうちゃんがすべてあるそうで、ひょうちゃんファンの私としては、うらやましく思いました。





この記事が参加している募集

記事の内容が、お役に立てれば幸いです。頂いたサポートは、記事を書くための書籍の購入代や映画のチケット代などの軍資金として、ありがたく使わせていただきます。