見出し画像

<発達の凸凹は脳機能の凸凹>

発達障害のことをよく発達凸凹と言うのはなぜでしょうか。

それは、発達しているところと発達が遅れているところの差が激しく凸凹している様子がイメージできるからです。

また、そのことが明確に目でわかるのがWISC知能検査結果を表す折れ線グラフです。
WISC知能検査の結果を数値で見せてもらえることはさほど多くないと思いますが、発達障害が疑われ、困りが顕著に表れている場合はおそらくWISC知能検査結果の数値を表す折れ線グラフは凸凹し、しかもその差が大きい場合も少なくありません。

簡単に言うと得意と苦手の差が激しければ激しい程、困りが顕著に表れると言うことです。
子ども自身も
「こんなにできることがあるのにどうしてこれはうまくできないんだ!!」
と自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。
 周りの人も、「上手にできる」あるいは「できる」能力のところに注目しますから、「○○がこんなに上手にできるのだから××のことも上手くできるはずだ。できないのは怠けているからだ。」と勝手に思いがちです。

ただ、人の能力と言うのはそんな単純で簡単なものではありません。
単に「○○ができる」からその能力がある。とか
「××ができている。」からそのスキルが獲得できていると思うのは少し危険な気がします。

そもそも、自然な発達と言うのはその年齢においてできる課題解決や身体的様々な機能がしっかりと自然に発達し、いつのまにかできることが増えてくる言うことです。
必要以上に過度な練習や努力を強いて、本当は先に発達させてあげなければならない機能を後回しにして一見できたようにみえて、学校の評価や他人の評価を上げるようなことを優先してしまったら、その子の自然な発達を歪めることになりかねません。

私が良く例に出す「文字を書けるようになる自然なステップ」はまさに良い例です。
小さい時にまず手にするのはクレヨン。
クレヨンを手で握って腕全体で〇や曲線や直線をただ好き勝手に描くことからスタートし、徐々にちゃんと持って筆圧をかけて書くことができるようになっていくのです。
最初のクレヨンでの落書きを沢山、沢山する必要があるのです。
それなくして無理に幼児期から鉛筆を持たせて文字の練習をさせてしまったら、様々な支障がいろんなところに出てくるのです。

こんな風にその時期、その時期に大切な獲得すべき発達課題の獲得をしっかりと理解し、獲得できるような発達援助を心がけましょう。

後、もう一つ 困りが顕著になる場合で注意が必要な場合は、先ほど述べた得意と苦手の差が激しいという場合、そして、苦手なところの能力が標準以下の数値になってしまっている場合です。
その場合はどんなに長けているところがあっても苦手なところが足を引っ張り、みんなと同じように課題をこなすことができない場合も見受けられるでしょう。
そんな場合は、特に年齢が低い時には配慮をしてもらったり、援助をしてもらったりとなんらかの援助が必要になってきます。

では、なぜそんな能力の凸凹が出てくるのでしょうか?

それは、脳機能の発達バランスが偏ってしまっているからです。
脳の発達は脳に入ってきた刺激を脳内ニューロンが様々に繋がりあって次々に別のニューロンに伝えていきます。
発達が未熟な時は繋がっていくニューロンに癖のような偏りがあります。
そうなるとニューロンの先にある伝わるべき脳機能の発達に滞りが出てきてしまうのです。

最近では、発達障害はこの脳内ニューロンのつながりの多様性と言うことでこの多様性を認め合おうという意味において「ニューロダイバーシティ」という言葉が使われています。

様々な多岐に渡る多様性を認め合うこともとても大切ですが、まずは発達できる部分をしっかりと発達できる環境や援助を子どもたちには用意してあげてほしいと思います。

 

 

個性といういろんな色がいろんな形で彩っていく美しい社会の実現を目指し 活動しています。 どうか応援、サポートお願いします。 今は、奈良の限界集落の地域おこし、オルターナティブスクールの創設、 組織内のダイバーシティ化推進を目標にがむしゃらに頑張っています!