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転職4回、結婚、30歳フリーランス。掴んだ自分らしい働き方

「どんなキャリアであっても自信を持ち、楽しく働くことを前向きに選択できる人が増えてほしい」

民間企業での勤務を5社経験し、現在はフリーでパラレルワーカーとして活躍している横内さつきさんが今回の主役。

波乱万丈なキャリアの中で、どのように自分らしい働き方を見つけてきたのでしょうか。経歴を重ねながら、より一層自分らしさに誇りを持つようになった彼女の物語を紐解いていきます。

1.30歳、民間5社経験、フリーランス

-----自己紹介と併せて、ご経歴を教えて下さい

今年の夏に結婚したことをきっかけに、1カ月後に会社員を辞めました。30歳、民間企業5社での勤務を経て、フリーランスになりました。「旦那さんとの時間を大事にし、自由に自分のペースで働く」ということを実現。

パラレルワーカーとして “複業” していて

①転職エージェントのアドバイザー
②編集・ライターの仕事
③事業会社の社外人事・広報
④求人広告の制作
⑤女性向け商材のwebマーケティング

人材系を中心に、幅広く仕事をさせていただいています。

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HRプランナー/コミュニティデザイナー/編集ライター
横内さつき(Yokouchi Satsuki)

20代で転職4回、パーソルでの営業や人材系スタートアップの立ち上げを経験し、結婚を機にフリーランスに転身。複業ワーカーとして、複数の肩書きを持ちながらマルチに活動中。
現在は、事業会社の社外人事、時短ママ向けエージェントの立ち上げ、人材系メディアの編集ライター、MAPS社の女性向けマーケティング事業などに従事。


2.苦しく、悔しく、みじめだったキャリア序盤

-----大学卒業後、どんなキャリアスタートを?

新卒での就活はうまくいかず、結局生命保険会社の営業職としてキャリアがスタートしました。

小中高からバスケ一筋12年、水泳歴9年、大学入ってから始めたストリートダンスは10年続きました。「一つのことを長く続ける」「チームで追った目標を達成する」というのが、私のキーワードかな。

就職活動の準備をあまりしていなかったので、うまくいかず、就職センターに駆け込みました。そこで生命保険会社紹介され、「勝ち負けの世界」「自分の力で数字を追う営業職」「保険という無形商材を通して、自分という人間を売る」ということに惹かれて入社しました。

もう.....ギャップしかなかった。女社会の上下関係、日常的なパワハラは当たり前、240名いた同期は半年後には100人辞めていきました。「オンナを出してでも保険を売ってこい」とプレッシャーを来る日もかけられてきました。

保険って、決して好かれる商材ではないんですよね。誰かがケガをしたり死んだりして、初めて効果を発揮するものなので。なんの役にも立たないのに保険料を払い続けて、「いらない」って言われるし、それでも「加入率を絶対に下げるな」とプレッシャーをかけられる。

「誰かをハッピーにする仕事」をしたかった私は、「保険は人の幸せに直結しない...」ことに気付きました。職場環境も悪かったし、やりがいの部分でもしんどかった。鬱寸前のメンタルになり、体調を崩し、「人間としてありえない。ここで辞めても、どこでも通用しないよ?」と上司から責められて。

「もう私、人としてだめなんだろうな」

と絶望しながら、退職しました。もうこれ以上ここにいたら、人間として腐ってしまうと思ったから。

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《研修2か月後。女性だけの営業組織。》


-----どのように再スタートを?

全然前向きに転職できなかった。「とにかく逃げたい」という気持ち一心でした。

とりあえず大手の求人広告に登録。学生時代にスタバでアルバイトしていた経験が活かせて、「とにかく安心して働けること」。軸はそれくらいしかなく、正しいかどうかの判断をする余裕もなかった。

大手のカフェでの就職が決まり、「無」の状態で働き続けました。店舗に社員はおらずアルバイトばかり、改善されない人不足。当時は朝4時50分に家を出て、深夜1時まで帰れず、シフトが埋まらなければ9連勤、11連勤、14連勤と勤務が続く日々でした。

転職して半年くらい経った頃、ふと思いました。「私、このままずっとカフェで働き続けるのだろうか」って。

たしかに、働いてて生保営業よりは安心感はある。たった一杯のコーヒーで、人は喜びを感じてくれる。それでも、この仕事は簡単だと思ってしまった。シフト勤務がきつく、周りに社員がいないので意識も上がらない。たまにミスをすると、バイトの大学生から叱責を受ける。

悔しかった。みじめだった。社会人2~3年目の同世代は順調にキャリアを進む中、自分は何してるんだろうって。そこで気付きました。「私が変わらないと、状況は何も変わらない」

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《研修で作ったラテアート》

そこから本気で転職活動を始めました。基本的な性格チェックや自己分析を改めて行い、転職エージェントの人にもかなりお世話になりました。生保で苦しかったものの、やはり営業職への未練がずっと残ってた。もう一度、「営業としてどこまでやれるのか」自分を試したかった。

営業職で仕事を探す中で、1社目で経験した『同期の大量離職』と、2社目で目の当たりにした『人材不足』。この苦い経験をプラスに活かせる業界はないか?と探した結果、たどり着いたのが人材業界での営業職でした。

「採用を通して人の背中を押せる、人材の仕事をしよう」「ただの物売り営業ではなく、人々がその人らしく”はたらける”場を作り出す仕事をしよう」という強い想いを持って叶え、法人向けの求人広告の営業職として人材業界へ入りました。これは、人生で初めて「やりたい!と思える仕事」に就けた成功体験でした。


3.やっと手にいれた「楽しくはたらく」

-----「やりたい!と思える仕事」での環境は、いかがでしたか?

とにかく「楽しかった」。人材業界での仕事を心からやりがいに感じることができたし、組織内が素敵な人たちで溢れていた。当時の企業キャッチコピーが、「はたらくを楽しもう」だったんですけれど、想いを大切にして働いている人たちが本当に多かった。

「みんなの仕事をつくるのが、我々の仕事だ」と使命感を持っている人たちばかりで。大学を卒業してから、「楽しく働けていなかった」経験があったからこそ、「楽しく働く」ことの大切さをしっかり伝えていきたいと想っていました。働く場選びや採用ひとつで、人の人生は大きく動いてしまうという実体験をもとにここで働くことができていました。

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-----4年間の在職での、印象的なエピソードは?

「今、このタイミングで採用できないと会社がやばい.....」と困りを抱えている会社さんの、採用支援をできたとき。私という人間を信じてくれて、ヒアリングさせていただいて、形にしたものが結果に結びついたとき。大きなやりがいを感じました。

ある会社さんを例に出します。「川崎の郊外エリア・時給が1,000円ちょっと・勤務地が駅からバスで20分・引っ越し業者」。正直、これだけじゃなかなか人は集まりませんよね...。求人広告に掲載しても、月に1名応募者が現れればいい方で、採用に苦労している会社さんでした。

条件だけ見ると、確かに惹かれないかもしれませんが、でもちゃんとヒアリングすればその会社の魅力って絶対にあるんですよね。求人広告は応募が来ないから詐欺だ!とお客さまは当時すごく怒ってらっしゃったので、何度も頭を下げて、ヒアリングさせていただいて、求人広告の可能性をしっかり伝えながら、PRの仕方を一緒に考え続けました。その結果、応募者が1名だったのが、月10名以上求人広告経由でエントリーをいただくまでになりました。

たった1名の採用が、クライアントの命を救うことだってあります。求人広告って、奇跡を起こすことができるんです。「企業の魅力を見つけて、PRの仕方を一緒に考える」この仕事は、ここで培ってきたやりがいの賜物です。

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《中途社員も多く個性豊かなチーム》


4.「営業だけじゃない」出逢えた新しい自分

-----楽しく働けていたにも関わらず、転職した理由は?

理由は2つあります。1つ目は、年齢ですね。27~28歳に差し掛かり、結婚や出産を意識し始めました。仕事柄、クライアントや数字がずっと付きまとうので、「この先も、この激務をずっとこなせるのかな...」と漠然とした不安がありました。

理由の2つ目は、会社の事業フェーズと自分のやりたいこととのギャップが広がってきたから。会社の方針により、自分が得意としていた領域の仕事ができなくなったことも重なり、仕事の在り方を改めて考えるようになりました。

モヤモヤしていたタイミングで、ひょんなことから休職することになってしまったんです。この頃、すこし仕事量が多くて疲れていたせいか、ストレスチェックの結果が悪く出てしまったんですね。勧められるがまま病院へ行ったら産業医に「とりあえず休職で」と言われてしまって…。でも身体はピンピンしていたので(笑)驚きました。初めは復職するつもりだったのですが、一度休職したら戻りづらくなってしまい.....。結果的に、転職することになりました。

今思うと、嫌な辞め方してしまったな...と少し後悔しています。それでも、あたたかく送り出してくれた当時の横浜オフィスの皆さんには本当に感謝してますし、辞めた後もパーソル時代の人とは繋がっています。


-----その後のキャリアチェンジは?

正直、4,5社目も波乱万丈でした(苦笑)。転職の軸としては、大手人材会社での経験を活かして「何か違う切り口での、採用課題解決の貢献がしたい」という想いを持っていました。特に、人口構造が大きく変わる中で、「ママや外国人、シニア、障がい者」など新しいアカウントの採用や、「リモートや在宅ワーク」という働き方に焦点を当てたような新規事業をしようと思いました。
また、大手の仕組みの中で働くのではなく、小規模な企業で組織を1から作ってみたいと考え、スタートアップにチャレンジしていくことになります。

4社目では、「ママさん向けの就職支援」を新規事業を行うということに惹かれ、従業員5人目の立ち上げフェーズから関わらせていただくことになりました。ただ、経営者の意向により僅か半年でその事業がクローズすることになりました。私は働く上で、社会的意義や価値観を大事にしたいと思っていた一方で、経済合理性を判断した上での一方的なクローズ。経営者との仕事の仕方が合わず、早めに見切りをつけて1年で退職しました。

5社目では、外国籍人材の採用支援をする会社に就きました。ここでは、人事・採用の仕事から、編集やコンテンツマーケ等のweb制作まで、幅広く仕事をさせていただきました。営業しか知らなかった自分が、「クリエイティブの仕事も楽しい」と思えた貴重な経験でした。
でも残念ながら、この会社は労務体制が整っておらず、ベンチャーあるあるですがかなり荒れていたんですよね(笑)組織を作る上で私が大切にしていることと、経営者の考えに大きなズレが出てきてしまいました。

そのごたごたの一方で、プライベートでは結婚式を挙げたためライフスタイルが大きく変わるタイミングでした。
仕事とのバランス、経営の方向性、何を大事にして働いていきたいか?さまざまな要素を照らし合わせて考えた結果、フリーランスという選択肢を選び、退職に至ったんです。

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《外国人9割の異文化の中で、自分はどう働いていくか?を問い続けた》


5.「誰かの楽しみを引き出す」働き方を

-----民間5社を経験したことはどうだった?

大成功だった。結果的に、いまがいちばん仕事が楽しいと思えています。そう胸張って言えるのも、様々な環境で仕事を経験させてもらってきたからこそだと思っています。20代を1つの会社で貫き通すのも素敵ですが、数万人の大企業、数千人の企業、10数名のスタートアップまで一気に渡り歩いてきたからこそ、気付けたことがたくさんありました。

転職を繰り返してしまった自分の経歴に、ずっと自信を持てずにいたのですが、ここに来てようやく吹っ切ることができました。だって1つひとつ振り返ったときに、すべて自分で考えて決断してきたこと。転職のない人生も素敵かもしれないけれど、これだけ転職したからこそ見える世界もあるんだなぁと思うようにしました。

パワハラ、過重労働、休職、事業閉鎖、経営赤字。数々の困難に直面しました。失敗ばかりだったからこそ、「自分と向き合うこと」を常に忘れずに、本当にやりたい仕事を実現できるように努力してきました。フリーになっても、人材系の仕事をさせていただいていることはすごく有難いし、何より楽しいです。

「明日会社がなくなるかもしれない...」という究極の危機も経験したからこそ、どうやったら自分で仕事を作り出せるのか?を考えることができたので、今フリーランスでもやっていけるんですよね。人よりしんどい経験をしたからこそ、仕事があって給料をいただける普通の日常のありがたみに感謝もできると思っています。


-----「働く」ことへの想いは?

「たのしく仕事しなきゃ」ってこと。これはずっと大事にしたいです。3社目の会社で、「はたらくを楽しもう!」って皆が当たり前に言っていた。これを忘れちゃいけないんだなって最近すごく再認識しています。自分自身が楽しく、自分らしく働けていないのに、人の採用支援をできるわけがないんですよね。

また、自分が一生懸命考えて選択した道であっても、どうせ誰かに否定をされたり、後ろ指さされるものなんです。周囲の目ばかり気にして、自分らしく働けないなんて苦痛でしかない。自分自身が最も自分の理解者でいてあげて、向き合い続ければ、それでいいんだと思うようになりました。自分が楽しんでいれば、結果的に周囲の人も巻き込んで幸せになっていけると思います。

数々の痛みを経験してきたからこそ、これからは「誰かの楽しみを引き出せるような」仕事を作れる人になります。自分の良さに気付き、得意なことを活かして働くことができる人が一人でも多く増えますように、フリーランスとしてその人らしく働ける場作りに挑戦します。

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話し手:横内さつきさん

対話 / 執筆:はやし。

《共育者 / 心の対話をする人 / 物書き》
『生き辛さが癒え、心から生きたい幸せを選択できる人で溢れる世界に』を志に、本職は(株)LITALICOにて子どもと家族の双方を支援する教育事業に携わる傍ら、「心に寄り添う」をベースとした対話、インタビュー / 執筆活動等も行っている。

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『取材での対話と発信を通じて "その人の生き方" に光を灯すインタビュー記事』
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