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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年10月の記事一覧

殺気

殺気

「ほほう、殺気を感じると」
「吉沢氏からです」
「見たのか」
「感じました」
「そのとき、顔を見たか」
「はい」
「どんな表情だった」
「ぐっと私を睨んでいました」
「どのように」
「え」
「だから、目がどうだった、鼻は、口は、眉は」
「だから、怒っている時の表情です。露骨ではありませんが」
「それをどうして殺気だと分かる」
「怨まれていますので」
「そうじゃな、吉沢氏を差し置いて、おぬしがお役に

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狙う

狙う

 狙っているものがその通りだと、それだけでも満足を得る。これは対象に対する満足ではなく、狙いが当たっていたことによる本人の満足度。
 だから対象が優れているわけでも、いいものでなくても、狙いがあるかどうかだ。そのため、狙い通りにいって欲しいという下駄を履かせることになるが。
 狙わないで、その対象と接した場合、ただの平凡なものでしかなかったりする。
 狙いが外れてくれると困る。本当はスカでも、それ

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相対皺

相対皺

「物事は相対的に決まる」
「そう簡単には決まらないと言うことですね」
「違う。相対的にだ」
「でも、簡単には決まらないと言うことでしょ」
「いや、相対的に決まる」
「決まるのですか」
「そう、決まる」
「そう決まるのですね」
「そうだ」
「しかし、世の中のこととか、万事において、そう簡単には決まらないでしょ」
「まあな」
「それよりも相対なんて言葉よく知らないで使ってますし、日頃からも使っていませ

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心が軽い

心が軽い

 時田は近くにある勤務先へ自転車で行く。
 今朝はペダルが軽く、気分がいい。きっと調子が良いのだと思っていたが、風向きが昨日とは違っていた。
 急に寒くなる晩秋の入口。気持ちの問題で軽快なのではなく、ペダルにかかる足から来ている。そのためか、気分のいいネタなどなかった。内面からではなく外から来ていることに気付く。
 ただ、気分が良い時は向かい風でも鬱陶しい空模様でも、気分の良さは変わらない。だから

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秋の中の四季

秋の中の四季

「寒くなってきましたねえ」
「秋も中頃を超えましたからね」
「晩秋という奴ですね」
「奴ですか」
「はい」
「しかし秋には四季がある」
「秋は四季の中のひと季節でしょ」
「秋の初めは夏。これはかなり暑かったりします。真夏の服装でも暑いほど」
「はい」
「やがて半ばになりますと、これは真性の秋。真秋ですなあ。そして今日のように寒く感じる頃からが冬です」
「春はどうなりました」
「秋と似たようなもので

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お疲れ様

お疲れ様

「今日はこのへんで終えますか」
「そうですか。でも遅れますので」
「多少はかまわないよ。急いでやって失敗し、二度手間になるよりもましでしょ」
「でも、急いでいませんが」
「まあ、長い時間やっていると、ミスをおかすものですよ。注意力も散漫になる。長い時間だとね。それと飽きてくる。だから、早い目に終えた方がいいのですよ」
「でも、早すぎませんか」
「いや、勤務時間が長いだけなんです。そんなもの半分あれ

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決心

決心

「なかなか決心がつきません」
「あ、そう」
「決心すれば、そちらへ行けるのです。早く行きたいのですが、なかなか決心が定まりません」
「そんな決心が必要なのかね」
「決心すれば、それが出来ます。上手くいきます。それに一度決心すればその後、裏切るようなことはありません」
「今はどうなのかね。以前、決心したから、今のところにいるのだろ」
「あ、はい」
「じゃ、私のところに来るというのは以前の決心に反する

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人物評

人物評

「重森さんはどうですか」
「あの人は癖がある。予想出来ないことをやる。これは臭い」
「富田さんならいいのでは」
「実力のある人だ。だが、強引さがある。押しが強い。だから実行力もあるが、何かをやりたいだけの人でね。頭が今一つ」
「頭一つ抜きん出ていると」
「いや、頭に抜けたところがある。これが怖い。配慮に足りないところがあるのでね」
「岩田さんはどうですか」
「富田さんの反対だ。気が弱い。体つきも声

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壮快な話

壮快な話

 下田は会社へ行けない。そのため、勤めていない。だが、行かないといけないと思い、何度か面接に行ったのだが、その前に履歴書などを書くのが嫌だった。
 それ以前に、写真を用意しないといけないのも嫌だった。
 それ以前に履歴書を買いに行くのが嫌だった。ここまで嫌なら就職しなければいいのだが、そうはいかない。無職では食べていけない。まさに王道。
 その王道の道筋で、嫌だったことを何とかクリアし、履歴書を郵

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全盛期

全盛期

「世代交代ですねえ」
「ああ、いつの世にもそういうことがある」
「全盛期の勢いがなくなっています。これがそのままなら、少し古くてもいいのですがね。下り坂です」
「だから、全盛期があるのでしょう。そこから比べると落ちたとか」
「そうですねえ。でも維持出来るはずですが、敢えてそれをしていない。これはもう嫌なので、早く退きたいのかもしれません。しかし周囲が許さないので、何とか続けている。だからやる気がも

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不知火村

不知火村

「不知火村? そんな村など、この先にはないぞ」
「羽田村の北に不知火村があると聞いたのですが」
「ああ、それは、たまに聞くが、実際にはない」
「では、この先には何があるのですか」
「見た通りじゃ、小高い山が続いておる。村など出来る余地はない」
「じゃ、ただの言い伝えの村だったのですね。半ば分かっていたのですが、その痕跡でもあるかと思いまして」
「あんた、誰だ。暇な人だなあ」
「隠れ里とか、隠し村。

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順番

順番

 ものには順番、順序があるのだが、その段階を飛ばして、一気にやってしまうこともある。これは無理っぽいし、いい方法ではないので、やはり順番がある。
 これをして、あれをして、という具合に。外堀や内堀を埋めていくようなもの。時間はかかるし、手間もかかるが、本丸を攻める時は、もう既に落としたようなもの。邪魔な内堀も外堀もないので。
 当然、それをしないと、次へは進めないというのもある。飛ばせない状態。こ

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平々凡々

平々凡々

「平凡な日がいいですねえ」
「それは難しいぞ」
「え、一番簡単じゃないですか。特に何もないような日ですよ」
「至難の業じゃ」
「どうしてですか」
「何かあるじゃろ」
「あまり何も、これといったことがない日です」
「じゃ、退屈ではないか」
「それほど退屈しません。一寸刺激が欲しいところですが、まあ、このままでもいいかと」
「ほほう。それは気持ちの問題か」
「ほどほどの日でして、まずまずの日です。でも

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見剣山の妖術使い

見剣山の妖術使い

「見剣山に妖しい術を使う者がおると聞いたのじゃが、見てきてくれぬか」
「私がで、ございますか」
「そうじゃ、そちなら適任。聞くところによると、妙な物を信じておるとか」
「屋敷の庭に祭っている家神様ですか」
「それが妙だと聞いたぞ」
「謂れは分かりませんが引っ越しの度に、その祠も移動させております」
「謂れが分からぬのか」
「はい。神様か仏様かも分かりません。名前もありません」
「ではどう呼んでおる

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