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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年9月の記事一覧

散歩に行けない日

散歩に行けない日

 さて、どうするか。と佐竹は考えた。その時間、そのことで考える必要はない。朝食後の行動は決まっており、自動的に外に出る。出ようと思って出るわけではなく、そうなっているので、これは習慣だ。
 スケジュールは既に決まっている。そのため、さて、どうするか、などと考える必要はないのだが、雨で足を奪われた。足はあるし、歩けるが、天気が悪い。多少の雨なら問題はないが、風が強い。
 これではのんびりと散歩などや

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蟹歩き

蟹歩き

 難しいこと、小難しいことをやっていると、普通のことがしたくなる。ただ、難しいことでも、普通のことの延長もある。だから普通のことの中に難しいことが含まれていることがあるだろう。全てではないが。
 最初は普通のことをしていたのだが、その延長線上にある小難しい領域にいつの間にか竹田は入り込んでいた。
 ここは難儀なところで一筋縄ではいかない。だからすぐに行き止まりになるのだが、突破口もある。その穴が見

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彼岸花

彼岸花

「急に涼しくなりましたねえ」
「彼岸花が咲き出していますよ。夏には咲かない。だから秋です」
「あの花、とんでもないところに、突然咲くので、驚きますよ」
「いや、ほぼ決まったところで咲いていますよ。去年と同じところにね」
「その間、一年ほど隠れているのでしょうかねえ」
「さあ、咲いているところしか見ていませんから、その後、枯れたあと、どうなるのかは知りません。その頃は多く咲き誇っていますから、もう驚

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平常心

平常心

「平常心で常にいることじゃ」
「それは無理です。とっさの場合は体の方が先に動いていますよ。冷静に判断していては遅いので」
「それは気持ちの問題ではない」
「ああ、そうなんですか、じゃ平常心を保たないといけない場があるのですね」
「そうじゃ」
「でも不安な時は、平常心ではいられませんよ。心配事があると、頭の中はそればかりで、ずっとじゃありませんが、波立っています」
「その場合は如何に平常心を保つかじ

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羽目

羽目

「すんなりと行くようで、行かないようですねえ」
「どうかしましたか」
「簡単なことなんだ。単純なね。しかし、すっと行かない。そんなはずはないのだが」
「思っていることと、実際とは違うことはよくありますよ」
「そうだね。読みが浅かったのかな。しかし、それで以前はすっと行っていたんだから、相手が変わったんだ」
「相手って、人ですか」
「人も物も、物事もそうだ」
「範囲が広いですねえ」
「いつもなら、す

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泥棒村

泥棒村

 田袋村の北の山地はそれほど遠くはなく、村人も狩りでたまに立ち入る。小さな川が山際を流れているが、川沿いの道はない。このあたり、山道といっても樵道。
 田袋村の庄助が小袋を持って急ぎ足で川から出てきた。中に砂金が入っている。しかし、ごく僅か。たまに砂金が混ざっているので、すくいに来る村人は多い。近くに金山はない。
 庄助は村に戻ると、雑貨屋に入った。
「吉やんはいるか」と、庄助が聞く。
「用事で出

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ポプラ

ポプラ

 駅前、駅までの道。それはかなりの数があるだろう。駅の数だけ駅までの道があり、駅の数だけ駅前の風景がある。ただの土まんじゅうのような駅もあれば、ビル内に入り込み、何処にホームがあるのか分からない駅もある。
 地下鉄の駅は何処も似た構造で、似たような絵なので、居眠りしていて、駅に着いた時、何処の駅なのかが分からなかったりする。
 そして駅前風景は地上にあり、上がってみなければ分からない。おそらく道路

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精神逃げ

精神逃げ

「僕は何処にいるんでしょうねえ」
「ここにいるじゃないか」
「しかし、たまに分からなくなります。自分の存在が」
「存在か」
「はい」
「それを言い出すと余計に分からなくなるよ」
「でも、存在感が」
「存在感」
「はい、ここにいるという」
「いるじゃないか」
「そうなんですが、もっとはっきりとしたものとして」
「君は見えているよ。確かにいるよ」
「本当でしょうか」
「幽霊がいるとして、それは半透明だ

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赤い夕日切れ

赤い夕日切れ

「最近夕焼けを見ましたか」
「その頃、もう家にいるのでね」
「見ましたか?」
「部屋の中からは見えないが、窓が赤くなっているのは見える。これで夕焼けを見たと言えるかどうか。夕焼け空ではないのでな」
「夕焼けを見たいと思いませんか。あの橙色は精神に安堵を与え、幸せな気分になれます」
「窓を見ていても、それは出来るが、やはり空が見えんとなあ」
「じゃ、空が見える夕焼け。つまり夕焼け空を見たのはいつです

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針千本滝

針千本滝

「千本滝はこちらですかな」
 旅人が枝道を指で差す。
「そうですよ。でもこっちの山道、あまり人が入らないので、用心して下さいね」
「有り難うございます。ところで、どうして千本滝というのでしょうねえ」
「長い話になるので、手短に説明しましょう」
「お願いします」
「嘘をついたら針千本」
「ああ、ありますねえ。子供のじゃれ歌のようなものでしょ。子供同士が約束事を取り交わす時、指切りしながら、そう唱える

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チュウさん

チュウさん

「チュウさん?」
「はい、このデザイン事務所にいると聞いて、お会いしたくて」
「チュウさん?」
 誰だか、分からないようだ。
「チーフのことじゃないですかね」
 もう一人が言う。
「チーフと、チューさん。そんな呼び間違いはないと思うが」
「それで、何をしに来たわけですか」
「ここにチューさんがいると聞いて、頼み事がありまして」
「あ、そう。でも、チーフのことじゃないし、誰だろう」
「社長じゃないで

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フィクションとノンフィクション

フィクションとノンフィクション

 想像上のものでも、その人にとってはそれもまた現実。当然フィクションも、お伽噺でも、伝説でも。また世の中の常識とされているものも、その実体は知らなくてもあるように思われる。
 しかし、現実と想像上のものとは区別出来る。そうでないと危ないだろう。ただ、その区切りの線が曖昧なものも多数ある。当然、現実側のものだと思っていたら、架空だったりする。そんな現実は存在しなかったような。
 これは現実も疑わしい

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順番

順番

「左は板壁とガラス戸。ここは開かない。だから左側には人はいない。席がないからね。右側にはいる。テーブルは別だが椅子は繋がっているがね。長い椅子だ。その端は右端になる。その先は左端と同じで板壁とガラス戸。こちらは閉まっている。人は出入り出来ない。テラスにもテーブルがあり、椅子がある。パラソルなどもね。まあ、外だね。二階だ」
「店屋さんの話ですか。飲食店とか」
「喫茶店だよ。ファストフード系」
「はい

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消えた畑

消えた畑

 毎日のように通っていた道だが、今は月に一度になる。浦田は道沿いの変化に少しだけ興味がいく。一ヶ月でもしばらくぶりだろうか。久しぶりの範囲は結構長かったり短かったりするが、月に一度なら、それほど久しくも、しばらくぶりでもないかもしれない。
 それほど変化がないためだ。同じような空間だが見えているものが少しだけ違う。これで時間の経過が分かったりするのだが、一週間で終わってしまった変化なら、最初も最後

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