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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 5

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2022年7月の記事一覧

嶺岡の穏やかな日々

嶺岡の穏やかな日々

 平坦な日常の中でも、一寸した起伏があり、デコボコがある。それも日常範囲内のことだが、その人により日常の範囲は違う。
 たとえば家事だけをやっているような日常は有り得ないだろう。それなりの用事があり、また突発的に起こる良いことや悪いこともあり、日常から少し外れこともある。
 嶺岡は淡々とした日々を過ごしているのだが、穏やかな日々だけではない。生きておれば起こるようなことは日常とは関係なく起こる。

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腹巻き道の茶店

腹巻き道の茶店

 吉野峰の山腹に、その腹に沿ったところに小さな村がある。まるで胴巻き、腹巻きのように長い。
 家は点在しており、一箇所にはない。腹巻きの幅が狭いためだろう。その腹に沿って走る道は村道ではなく、街道。村で行き止まりになるのではなく、その先がまだあり、他国へ出る。
 他国へ出る道は色々とあるのだが、この道が一番狭く、また辺鄙なところを通っている。
 その腹巻き道の中程に茶店があるが、ただの農家。軒先が

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三船越えの怪

三船越えの怪

 三船越えは難所。山が険しいのではなく、人が少ない裏街道のさらに裏道のような場所なので、まともな旅人ではないような旅人が使う道。そのため、まともではないものが現れるため、一人では危険なので、道案内人がいる。二人連れなら襲われる危険性が少ないとされているが、その案内人、そのものがまた、まともな人とは思えない。そういう扮装をしているため。野性的な山伏のようだが、どう見ても山賊に近い。
 三船越えが難所

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作田の案

作田の案

 暑いので、今日はもう仕事を早く済ませ、いや、途中で切り上げ、早く帰り、家でのんびりしようと作田は決めた。
 作田が決めるだけで、それは実行出来る。なぜならそこは個人オフィス。作田に上司や同僚や部下はいない。タイムカードもない。だから、作田が決めれば、それで実行出来る。
 冷房は効いているのだが、西日が差し込むと、もういけない。冬場はいいのだが、この時期だけは暑い。ブラインドを下ろしていても熱気が

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土用の響き

土用の響き

 その年の土用は土曜だった。
 柴田はそれで、子供の頃を思い出す。ドヨウと耳から入って来た。土用のことだが、何のことだか分からない。
「土用波が来るので、もう海は終わり」と親が言い。土用から先、海水浴には行かなくなった。一人で行ける距離ではないし、またそんなことは出来ないだろう。
 そのときの「ドヨウナミ」の響きが怖かった。土曜に来る波なら毎週なのだが。
 柴田は小学生なので、ドヨウと言えば土曜し

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メイン通り

メイン通り

 メインというのがある。メーンともいう言う。主流、本筋。本道などと置き換えてもいいが、メインストリームとなると、都大路を連想してしまう。幅の広い大きな道。メーンとなると、羊が鳴いているように聞こえ、少し浅く感じる。ラーメンを連想したりする。
 やはりメインだろう。こちらの方が使い勝手がいいし、抽象度も高いような気がする。これはただの語呂。
 潮流とも言うが、これは時の流れ、時代の流れででメインも変

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お城童子

お城童子

 夏の盛りだが、トンボが飛び、コスモスが咲き始めている。既に秋のものが出始めている。
 一番盛んなとき、既に盛りを過ぎてしまう前触れが出てくる。栄耀栄華を極めたその頂点の時に、既に影が差し始める。平家のように。
 ある人は、それを見て、真っ盛りではなく、これから盛んになっていく頃が一番良いと言っている。
 そのある人はまだ若い。年寄りのようなことを言っているが、案外年寄りほど若い物言いを敢えてした

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夏よ

夏よ

 真夏のよく晴れた日、だから炎天下。
 木下は自転車で、それなりに遠いところに住む友人を訪ねた。
 何度か行っているが、電車。しかし、何度も乗り換えないといけない。私鉄からJRへ、そしてまた別の私鉄。直線距離はそれほどないように思われるのだが、鉄道はそこを通っていない。
 そのため、二つの大きなターミナル駅がある町まで寄り道。方角が逆向きになったりする。
 そのターミナル駅とターミナル駅を結ぶのが

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落下

落下

 期待は出来ないと思っていたが、まずまずのどころではなく、それ以下だった場合、失敗したことになる。
 後退のしすぎで、初期の状態に近い。最初はそんな感じでも、何とかなったのは、その先への期待があったため。
 そして、徐々に期待通りの階段を上がり、ついには期待以上のところにまで来ていた。そこからの落下。振り出しに戻ったわけではないが、期待分、そう見えてしまう。
 そして、そのものはそこで終わった。次

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上手く言っている

上手く言っている

「上手く行ってるかね」
「上手にですか」
「思っていた通りにだ」
「はあ、色々と思っていますが」
「だから、希望するもの、これが欲しいとか、こうなったらいいな、といういうなことが上手く進んでいるかね」
「はあ、何となく」
「そういうことで、何となくはないでしょ」
「すみません」
「まあいいが、上手く行っているかどうかが心配でね。一度聞いてみたかったんだ」
「親戚の叔父さんでも、今どきそんなこと、聞

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米買い

米買い

 吉岡はオフィス街を歩いている。仕事場に近い。その一寸奥まったところに、喫茶店があり、商談などで、たまに使っている。昼時は既に過ぎたので、ランチタイムは終わり、客は少ない。
 どう切り出すべきかを歩きながら考えているうちに、喫茶店のある通りを通り過ぎたので、慌てて戻る。
 店に入ると、益田がいた。どう話すべきかは、まだ纏まっていない。切り口が見付からないのだ。
 コーヒーが出たあとで、もう店の者は

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西村山ヘルスセンター

西村山ヘルスセンター

 西村山神秘会から妖怪博士は招待を受けた。是非来て欲しいという話で、当然公的な組織ではなく、神秘事に興味のある有志が集まったもの。
 東村山はヘルスセンターがあったことでその地名は妖怪博士も知っていた。健康ランドだが、要するに大きな銭湯のようなもの。
 大広間があり、舞台まであるので、地方回りの歌手とか、一寸した歌謡ショーや芝居もあったようだ。そういう全盛期は既に過ぎ去ってから久しく、今は廃墟。

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年中行事

年中行事

 下沢はいつの間にか夏至も七夕も過ぎていることを知った。
 昔のカレンダー、暦などには書かれていたのだが、そんな紙ものは買っていない。
 何処かで貰ったカレンダーはあるが、去年のがそのまま貼ってある。ここにも当然、そんな季節の行事のようなものなどは書かれていない。
 七夕の日は覚えている。覚えやすいからだ。七月七日。それを過ぎてしまったのだが、七夕らしきものは街中にはない。夏至もそうだが。
 では

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暑い

暑い

「暑いですねえ」
「何ともなりません」
「暑いので何もしないようにしておるのですが、日々のことはやはりやらないといけませんしね。最低限のことだけは」
「それだけでも立派」
「それだけで一杯一杯ですよ。あとはじっとしていますが、意外と動いている方が暑くなかったりするのでね。ここは考えもの。それで休んでいた用事を小まめにやり始めるのですが、やはり暑い。ちょっとならいいのですが」
「小まめは小さな豆の意

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