【マンガスクリプトドクターとスランプを考える】〜みんなが楽しくクリエイティブができるようになるには〜マンガボックス編集長・安江亮太のスランプさんいらっしゃい
株式会社ディー・エヌ・エーが運営するマンガ雑誌アプリ「マンガボックス」。
有名作家の人気作から新進気鋭の話題作まで、枠にとらわれない幅広いラインナップを擁し、オリジナル作品の『ホリデイラブ』はTVドラマ化、『恋と嘘』はアニメ・映画化するなど数々のヒットコンテンツを生み出してきました。
そんなマンガボックスの編集長を務めるのは安江亮太さん。今回は安江さんがお仕事を通じて感銘を受けたという「東京ネームタンク」代表のごとう隼平さんに来ていただきました。
「マンガスクリプトドクター」として多くのスランプさんを救ってきたごとう先生にスランプの乗り越え方や、漫画だけではなく小説や脚本作りにも役立つ、ストーリーの作り方をお伺いしてきます。
安江亮太
やすえ・りょうた
DeNA IPプラットフォーム事業部長 / マンガボックス編集長
2011年DeNAに新卒入社。入社1年目の冬に韓国でのマーケティング組織の立ち上げを手がける。2年目に米国でのマーケティング業務。その後全社戦略の立案などの仕事を経て、現在はおもにマンガボックス、エブリスタの二事業を管掌する。DeNA次世代経営層ネクストボード第一期の1人。
Twitter: https://twitter.com/raytrb
ごとう隼平
ごとう・じゅんぺい
マンガのストーリーに特化した教室『東京ネームタンク』(https://nametank.jp ) を運営する株式会社漫画仲間・代表取締役。漫画家として大手出版社に通う中で、日本の商業マンガに共通して見られる構造を研究。ネームに悩む人を0にするために、noteやYouTubeでも活動し人気を博している。
Twitter:https://twitter.com/goto_junpei?s=20
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCqI2ffVsUgbKPlAgeVAWv7g
ストーリに共通する要素や行動を分解することで、みんなが描けるようになる
安江亮太(以下、安江):ごとう先生、お久しぶりです。先生とは以前「漫画家 VS 編集者」というイベントでもご一緒させていただきました。今回は漫画の物語構造を体系的・構造的に捉えているごとう先生にお話いただくことで、これをみているスランプさんの救いになればいいなと思っています。
まずネームタンクとはどんなところなのかを改めて説明いただいてもよろしいでしょうか。
ごとう隼平(以下、ごとう):安江さん、よろしくお願いします! ネームタンクというのは漫画家や漫画家志望の方に漫画技術を共有することで、高め合っていくことを目的とした学校です。特に漫画の根幹となるストーリーやネームの構造を教えています。ストーリーは漫画だけでなく小説や脚本などにも応用できる知識なので、今回は漫画家だけではなくクリエイターの方にも見ていただけると嬉しいです。
安江:ありがとうございます。僕が関わってきた漫画家さんでも、この「スランプさんいらっしゃい」でも、ストーリーやキャラに悩む方はとても多いですね。
ごとう:僕も漫画家時代、長いことスランプだった時期があって、やはりずっとネームが通らなかったんです。そのときかなり漫画の構造を研究して、スランプを抜け出した経緯があるので、今その知見を受講者の方にお伝えしています。
ちなみに、ハリウッドには物語構造に特化してアドバイスをするスクリプトドクターという職業があるのですが、僕もそこから「マンガスクリプトドクター」と名乗るようになりました。
安江:ハリウッドやピクサーでは脚本を書く際に、ストーリーを構造的に捉えていて、「ここの感情を高めたいからここで一旦テンションを下げよう」と感情の起伏を分解していますよね。
ごとう:そうですね。物語に何が必要なのかは、感情の流れや曲線を用いることで、すでに解明されています。僕がやっているのは従来行われてきた漫画家の属人的な描き方を極力排除して、日本の商業漫画のストーリーに共通する要素や行動を分解することで、みんなに描けるようになってもらっています。
安江:ごとう先生はストーリーを一子相伝のものではなく、パターンにわけて蓄積しているんですよね。ある天才漫画家が属人的にストーリーを作るというものを否定するつもりはないですが、漫画作りのノウハウが共有されないのって出版社の構造的な問題もあると思うんです。
ごとう:構造的な問題ですか?
安江:そうですね。出版社に属する編集者にとって、ヒットを出すことができるか否かは、自身の評価に直結します。
そうなると、自分が培ってきたノウハウを他の人に伝えるのは、心理的ハードルが高くなると思います。
そのため、ノウハウを共有することが評価される制度を設計しない限りは、作品作りのノウハウは外に出にくく、編集者個人に蓄積されることが多くなると思います。
クリエイティブの原動力がどこから来ているのかを考える
ごとう:体系立てた漫画作りとはこうであるという虎の巻が編集部によってはあるのかもしれません。ただ現状の多くはそれぞれの編集者さんのノウハウに頼っているように感じます。
ストーリーの文法や構造が僕は大事だと思っています。注目してみると感性で描いているような天才的な漫画家でも自然とそれを実践しているんですよね。なので、調子よく描いているときはその天才性に頼ってできあがります。でも、長く描いているとそれが崩れるときがあるかもしれない。
まさに「スランプさん」になったときに、感性で描いているとそれを脱するのがなかなか難しいと思います。僕のところに相談にくる漫画家は、今自分に何が起きているかすらわからないケースが多いです。
安江:ごとう先生はスランプで悩んでいる人に対して、具体的にどういったアドバイスをしているのですか?
ごとう:まずは創作の原動力が何なのか、タイプの見極めからはじめます。ざっくり2タイプにわかれるのですが、自分が好きなものを好きなままに描きたいというタイプと、自分の苦しみを外に出したいというもの。
前者に対してはそのまま「何が好きなのか」を突き詰めてもらいます。後者についてはモヤモヤした感情が言語化できるまで、「主人公は何があると救われるんですか」とヒアリングを重ねますね。具体的なメソッドはタイプを判別してからになります。
安江:この企画の第一弾で登場していただいた長谷川ザビエラーさんがまさに苦しみを原動力にしている方でした。僕がコーチングしていく中で、「童貞で冴えなくて、クラスの隅っこでひたすら絵を描いていた中学校時代の自分」を救いたいから漫画を描いているという答えが出てきた。その答えが腑に落ちたようで、その後、彼の作品はTwitterでバズったり、雑誌に読み切り掲載されたりと、徐々に活躍されているようです。
ごとう:なるほど。
ストーリーやキャラクターに迷っている方にとって自己研究はとても大切ですよね。特にキャラクターは漫画家の投影や真逆の状態を写すものなので、キャラを通じて作家さんが何を成し遂げたいか、どうなって行きたいかっていうのが見えないといけない。
安江:それが見えてきたあと、ストーリーの構成はどのように行われるのですか?
ごとう:せっかくなので、普段ネームタンクで行われているヒアリングを今日は実践形式でやっていきましょうか。
安江:おお! ありがとうございます。じゃあそちらにいらっしゃる高山社長に出ていただいて、ストーリーを作っていきましょうか。
高山:えっ僕のストーリーでいいんですか! ありがとうございます! ごとう先生、よろしくお願いします。
1000人以上のプロット作りを導いてきたごとう先生がそのノウハウを公開!
▲本企画のプロデューサーであるおくりバントの高山社長(真ん中)
ごとう:高山さん、よろしくお願いします。まず、高山さんがどういう作家のタイプなのかを聞いて行きたいんですけれども。世の中に対してこういうことを言いたいという主張は強いですか?
高山:そうですね、割と強い方だとは思います。ただ、伝え方は柔らかくありたいですね。
ごとう:なるほど。こういうことが言いたいと心の中に決まっていることは、今パッと出て来たりしますか?
高山:そうですね、この混沌とした世の中でいろいろあるじゃないですか、でも最低限の良識は守ってほしいなとは思います。例えば人を騙さないとか、譲り合おうとか。
昨日もそういうのがあって、回転寿司屋に行ったときに、混んでて並んでいたんですよね。でも、とあるカップルが寿司食べ終わってるのに関わらず、長いことYouTubeをみてダラダラしてたんですよ。ちょっとそういうのはやめようよとは思いました。
ごとう:なるほど。常識とか良識、譲り合いの精神を持って生きよう、というところですよね。じゃああと一つ、高山さんがどんなものが好きなんだろうというところで、好きなキャラクターを教えてもらってもいいですか?
高山:『花の慶次』の慶次とか、『コブラ』の主人公とかですかね。言葉遣いがウィットに富んでいて、洒落てるんですよね。
ごとう:他にはどんなキャラクターのどんなところに惹かれます?
高山:あと『めしばな刑事タチバナ』のタチバナは最高ですね。メシ漫画なんですが、圧倒的な知識量があって、松屋を食べても面白い。そういうプロフェッショナルなところがあるキャラクターは大好きです。3枚目なのもいいですね。
ごとう:物事を深く掘っているのがわかるのとグッとくるんですね。三枚目でもプロフェッショナルなところがあって、ウィットに富んでいると。
好きなキャラクターの信念や大事にしているものが見えてきましたね。じゃあそこにもう一人登場人物が出てくるとして、主人公とどんなやりとりをしていたら面白いですか?
高山:そうですね。真逆の人がいいですね。嫌なやつ。
ごとう:ライバル的な存在ですね。じゃあ高山さんの中で、漫画に出てくる嫌なやつの面白さってどんなところだと思いますか?
高山:僕『北斗の拳』でいうシンが好きなんですけど、カッコよくて芯がある強いやつですね。リアルでいうとワインとか嗜むエリート官僚とか、子供の頃から一軍に属しているような人がいいですね。相当強そうだし。
安江:一軍(笑)。
ごとう:じゃあ二枚目ってことですよね。じゃあそのライバルが大事にしているものはなんですか?
高山:そうですね。常にトップであること、とにかく勝つことですね。そのためには非情であっても切り捨てる。
ごとう:いいですね! あと物語において必要なのが、「これどうなっちゃうの?」という状況。ネームタンクでは「コレドナ感」と呼んでいるんですが、30ページの読み切りがあるとしたら最初の10ページまでにそういった感情を入れるんですね。次はそれを考えていきましょう。
この物語の舞台は現代劇ですか?ファンタジーですか?
高山:『美味しんぼ』みたいな現実っぽい世界観が好きなので、現代がいいですね。
▲クライマックスに向けて山がある理想的な感情の曲線
ごとう:さきほどからグルメの話が多いですが、そういう要素も入れたいですか?
高山:あー絶対入れたいです! わかった。合コンとかどうです?バトルするんですよ。
ごとう:いいじゃないですか! ライバルと一緒に合コンにいくことになって、店選びから料理のうんちくまで、女の子を落とすために何が効果的なのかバトルしていくと。
高山:「なにい、スパークリングワインにリンゴ酢を入れるだと!」みたいな(笑)。
ごとう:バトルだとすれば、女の子たちの攻略レベルもあがっていくというのもいいかもしれないですね。合コン選手権みたいなのがあって、それを勝ち上がっていくみたいな…
高山:あー、いいですね! 中央線の女の子とか、白金のセレブとかがどんどん出てくると。
ごとう:見えてきましたね。読者にもその感情体験をしてもらいたいですね。感情のところでいうと、主人公はなぜライバルに勝ちたいんですか?
高山:うーん、親父が西麻布の強者に殺されたとか……?
ごとう:いいと思います(笑)。じゃあそれを生かしたクライマックスを考えていきましょう。
さきほどおっしゃってたように主人公は良識とか優しさを大事にしてるので、ある女の子が苦しい思いしてるときに、ライバルはシャンパンを勧めてくるかもしれないけど、彼はキャベジン渡すとか。
高山:いいですね!
ごとう:そして最後はウィットに富んだ決め台詞で締めると。
高山:すごい! できた! ものの20分でここまで面白そうなのができるんですね。
安江:いや、すごいですね。合コンバトルって話す前には想像もできなかったようなストーリーでしたね(笑)。
ごとう:ありがとうございます。僕も思いも寄らないストーリーができました。
ここまではあくまでもプロットで、原作作りなんですよね。これをコマ割りにしてみせていくのが同じぐらい大事になってきますが、続きはぜひネームタンクで(笑)。
安江:今高山社長とブレストしていた中で、ごとう先生がみていたポイントってどんなところですか?
ごとう:プロットを作る上で大事なポイントは5つ。おさらいしていきましょう。
1、キャラクターが大事にしているものは何か
2、物語のテーマ
3、「どうなっちゃうの?」というコレドナ感
4、キャラクターにしてもらいたいこと
5、クライマックスの展開
クリエイティブって本来楽しいことなんだよ、と思い出してほしい
安江:ありがとうございます。とにかく高山社長がノリに乗っているのが印象的でしたね。
高山:本当に話しやすいんですよね。否定しないですし、漫画にも詳しくて会話が弾む。
ごとう:いや、実は僕、意外と作品を知らない方なんですよ。どちらかというと狭く深く作品を研究しているタイプで。ただ、それでも問題ないと思ってて、必要な情報と雰囲気さえあれば、やんわり伝えていったとしても相談者は自分の中の言葉でしっかりと選んでくれるんですよ。
安江:なるほど。僕がやっているコーチングっていう手法も全く一緒なんですよね。導くことはしても正解は言わないし、そもそも不正解が存在しない。
今プロットが完成しましたけれど、あとはここからの演出が大変ですよね。
ごとう:そうですね。プロットはこうして話してると割と早くできるものなんですが、コマ割りや展開といったネームでの演出力はすぐ身につくものではないので、我慢が必要ですね。
安江:マンガボックスでは120文字ぐらいのプロットとネームを連載会議にかけるんですが、プロットはすごく面白いのに、ネームを見てみるともう一歩欲しい、という作品も結構ありますね。もちろん、その逆もあります。
ただ、プロットに関していうと、そこで方向性を間違えてしまうとその後が厳しくなってしまう。そうならないように導くのは編集の責任だと思ってるんです。
ごとう:なるほど。プロットは編集者と一緒に作っていくものだと。
安江:そうですね。ただ、今回のようにコーチング的な手法でプロットを練っていく過程はみていて面白かったです。
高山:誰かに漫画化してほしいくらいですよ。いやー楽しかった。
安江:ごとう先生、最後にこれをみているスランプさんに一言お願いしてもいいですか?
ごとう:そうですね。今スランプになっている人や、ストーリーに迷っている人だけではなく、クリエイティブに関わる人すべてに言いたいのですが、クリエイティブって本来楽しいことなんだよってことを思い出してほしい。
クリエイティブや漫画作りが苦しいものになっている状況って残念すぎます。だからもし今迷っている人がいたら、もがき続けるのではなく、一度立ち止まって何のために描いているのか、考えてみてください。自分の中に答えはあるはずです。そして迷ったらいつでもネームタンクに来てください。
安江:いやあ、とても良い言葉です。本日はありがとうございました!
ごとう:ありがとうございました。
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ライター・撮影:高山諒
企画:おくりバント
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