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パンプディングの現実と妄想の玉子サンド【短編小説・1979字】

「お兄ちゃん、買ってきたよ」
 ユカが袋の中から食パン、卵のパック、牛乳、バターを取り出す。最後に取り出した猫のカリカリを見て、オレはぶっきらぼうに告げる。
「これは頼んでないぞ」
「サークルの先輩と偶然スーパーで会ってね、もらったの。お金払うって言ったんだけど、くれるって。でもね、おっかしいの、グラノーラとこれ、間違えて買っちゃったんだって」
 ニャーンニャーンと繰り返しながら、ハチがユカの足元にすり寄る。
「いい時間だし、ついでにやっとけ」
「はーい」
 ユカが計量カップでカリカリを皿に出してやる。鳴き声がピタリと止まり、カリカリといい音をさせて、ハチは食べはじめた。
「じゃあ、作るか」
 手を洗ってエプロンを着けたユカは、ボウルを流し横の作業台に出し、卵のパックを開封した。キッチンペーパーを台に敷き、卵をそこに打ち付けてから、恐る恐るボウルの上に持っていく。パカリとカラを両手で離す。
「やった、一個目、成功しました!」
「はい、どんどんいって。時間ないから」
「ちゃんと褒めてよ、褒めるの大事だよ!」
 ユカは卵を割る特訓をしている。二個目は黄身が割れ、カラが入った。
「ほら、お兄ちゃんが褒めないから!」
「人のせいにすんな」
 カラを指でつまみあげるユカを横目に見ながら、オレは食パンを取り出し、切り分ける。四角くて大きめのグラタン皿にバターを塗り、食パンを並べた。あとはここに卵液を流し込んでオーブンで焼けば、パンプディングの完成だ。
「カリカリのお礼に、先輩にもあげるんだ。みんなに大好評だからね、お兄ちゃんのパンプディング。おかげでたくさん練習できる~」
「どうせオマエ、自分の手柄にしてるんだろ」
「してないよ。ちゃんと、お兄ちゃんが作った、って言ってるよ。言いそびれることもあるけど」
 そんな性格だと友達できないんじゃないかと心配もしたが、よくも悪くも裏表なくあざといのは、結局ウケがいいらしい。天然であざといクセに、本人は色恋には興味がないそうで、推し活とやらに一日の大半を捧げている。この卵割りも、実は推し活の一環。オレはそれに付き合わされてる。
「オレはパンプディング作りを頼まれたんだっけ? 確か、だし巻き玉子を作れるようになりたい、とか言ってたよな?」
「変わってないですう。今もキリヤ君のために、だし巻き玉子の特訓中だもん」
 卵を割りながら頬を膨らませる。オレは見ていられなくて、ダイニングテーブルの方に移動し、座ってテレビをつけた。
「全部割ったら声かけて」
「はーい」
 見てられるか。義妹いもうとが、クソかわいすぎる。テレビを見てるフリをして、オレは悶々とする。オレの母さんとユカの父親が再婚してもう6、7年。オレの一つ年下のユカも義父も、今までどうやって生きてきたのか不思議になるくらい、料理ができない。三交代勤務の母さんのかわりに料理をしてきたオレは、そのままこの家族の料理番になった。オレ以外の家族は皆、オレの作った料理をうまそうに食べてくれる。それはいいのだが。
 オレは、コイツを好きになりかけている。ダメだ、そんなベタな展開。ちょっと距離を置かなくてはと思った矢先に、コイツの推しであるところのキリヤ君が、「ボクは朝ごはんに、だし巻き玉子を食べるんです」なんて言ってくれたのだ。
 卵も割れないのに、ユカは「だし巻き玉子を作れる私になる!」と宣言し、オレに協力を求めてきた。とりあえず、毎日卵を割る練習。卵、大量消費で検索したレシピの果てにパンプディングにたどりつき、学校に持って行かせたら、好評だったとかでまた作るハメになり。結果、卵が割れるようになってきたのだから、それもまあいい。だが、これじゃ距離を置けない。だし巻きが焼けるようになるまで、ってそれ、いつになんの?
 なんとか12個割り終え、ユカはオレに声をかけてきた。泡立て器で割りほぐし、砂糖と牛乳を入れ卵液を作る。卵液をグラタン皿に流し込んでラップをかけた。液がパンにしみ込む時間をやる。
「♪ 明日の朝ごはんはパンプディング~」
「じゃあバイトから帰ってきたら焼くから、準備しとけよ」
「うん、大丈夫。ありがと、お兄ちゃん」
 ラッピング用の紙コップの数を確認するユカの、キラッキラの笑顔。オレはまた、目をそらすしかない。
 キリヤ君、キミはなんで朝っぱらからだし巻き玉子なんて食べたがる? さすがにオレだってそんな朝メシ作ったことないぞ。茹で玉子でいいじゃないか。茹で玉子ならユカも作れる。ユカが潰した茹で玉子をマヨで和えてパンに挟んで……待て待て! 妄想っ、オレとユカふたりきりの朝食とかイチャイチャとか、ダメだから!
「……いってきます」
「いってらっしゃーい」
 距離を置くためにはじめた居酒屋バイト、もっとシフト増やしてもらおう。玄関のカギを締めてから、オレは大きなため息をついた。


了(←ココマデ・1979字)
【2022.7.9.】


「カクカタチ」プロジェクトの投稿コンテスト第2弾(「朝ごはん」をテーマに若者の日常を描いてください、#2000字のドラマ #あざとごはん )応募作です。


『妄想 朝ごはんシリーズ』と題して3本の短編小説を書きました。
その1「納豆ごはんに背を向ける朝は来るか」
その2「パンプディングの現実と妄想の玉子サンド」
その3「ダンス・ウィズ・ダシマキ」


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