見出し画像

納豆ごはんに背を向ける朝は来るか【短編小説・1976字】

「あ、やっぱ柴田先輩だ。こんにちは!」
 スーパーで買った物を袋に入れていたら、サークルの後輩に声をかけられた。彼女はカゴをボクの隣に置く。
「お、おう、偶然。高梨さんもこの近くに住んでんだ?」
「私んち、四丁目の方です」
「ウチは二丁目。へえ、知らなかった」
 本当は、偶然何回か駅で見かけたことがあって、最寄り駅が一緒なのは知ってた。後をつけたりはしていない、断じて。四丁目か。
「先輩、猫ちゃん飼ってるんですか?」
「へ、なんで……あっ」
 手にした赤い袋の真ん中で、猫チャンがまん丸な目でこっちを見てる。しまった、間違えた。さっき高梨さんを通路で見かけた時だ。声をかけるか迷って、上の空だった……結局かけられなかったんだけど。
「……姉ちゃんのグラノーラと間違えた」
「ええ! あははっ、そんなことあるんですか! これ、ちょうどウチの猫にあげてるカリカリなんで、よかったら買い取りましょうか?」
「えっ、いいの? っていうか、もらってくれるだけで助かる。返品とか面倒だし」
「いえ、普通にお支払いしますよ」
「いや、気付いてくれたのもあるし、もらってよ」
 そう言ってボクは、彼女の方のカゴにカリカリの袋を入れた。
「じゃあ、遠慮なく……あ、そうだ。明日、登校しますよね? ちょっとお時間ください。お昼頃メッセージ送りますね」
「え」
「じゃ、明日!」
 サクサクと袋詰めを終え、彼女は颯爽と去っていった。
 朝起きて、レシートにカリカリが載っていることを再確認し、夢じゃないこれは現実だぞ、と自分に言い聞かせる。朝メシを用意しながら、高梨さんのことばかり考えている。
 ウチの朝メシは家族それぞれの出勤事情に合わせ、セルフサービス方式が採用されている。ごはんは冷凍庫から出してレンジ、味噌汁・スープはお湯を入れるだけのヤツが何種類もストックされており、おかずは適当に冷蔵庫から出すか作るかする。ボクはワンパターンにごはん、味噌汁、納豆の三点セットだ。
「アキラ~、頼んどいたグラノーラ、どこにあんのよ」
「あ、ごめん、買い直すの忘れた」
「買い直す、って何よ」
「猫のカリカリと間違えた」
「ええ、アンタ、そこまでバカだったの?」
 しょうがないなあ、と言いながら、姉ちゃんは冷凍庫から食パンを取り出し、トースターに入れた。納豆を混ぜながら、ふと高梨さんのカゴの中身を思い出した。食パン、卵、牛乳、バター。彼女の朝は洋食なのか。姉ちゃんが冷蔵庫からりんごジャムを取り出し、コーヒーと共にテーブルに並べる。
「男女間の朝メシの不一致は、相性と関係があるのかな」
「は、なんだ突然。朝っぱらから、バツイチにケンカ売ってんの?」
 トースターのパンを皿に乗せテーブルに置くと、姉ちゃんはドカっと向かいに座った。いけね、考えが声に出てた。
「いや、洋食と和食、とかさ」
「それじゃ、ウチの父さんと母さんはどうなのよ。こうやって上手くやってるじゃない」
「あ、そっか」
「問題はねえ、相手が自分と違う考えだってわかったときに、それを尊重できるかどうかなのよ」
 トーストにジャムを盛り盛りにしながら、姉ちゃんが語りだした。ボクは納豆をごはんに盛り盛りにしながら、それを聞く。
「違う人間なんだから、違う考え持ってて当たり前。男の価値は、それをわかってるかどうか。アンタも、その納豆ごはんを嫁に押し付けんじゃないわよ」
「ハイ、ワカリマシタ」
 テンプレ回答する弟は、姉ちゃんに逆らわないことの重要性をわかっている、心から。
「グラノーラ、帰りに買ってくるよ」
「ああ、いい。今日はちょっと早起きしたし、店行く前に買ってくわ」
 姉ちゃんは、駅前の居酒屋の厨房で働いている。いつもはもう少し遅くに起きているらしい。朝メシを一緒に食べるのは久しぶりだ。
 姉ちゃんのトーストを見ながら思った。高梨さんに合わせて、朝食をパンにできるだろうか。もう何年も納豆ごはんに味噌汁で、パンの時はなんか調子が出ない。ボクは、愛のために納豆ごはんを捨てられるか? いや、その時はウチの方式を採用か。でも同じモノ一緒に食べる方が楽しそう……って、愛のためにってナニ? 朝メシを高梨さんと食べる状況ってどゆこと? 脳内再生される妄想画像にも際限がなさすぎじゃね?
「アンタ今日はやけにゆっくりだけど、時間大丈夫なの?」
 姉ちゃんに声をかけられて、時計を見た。慌てて残りをかっこんで、茶碗を流しに片付けた。

「これ、ささやかですけど。カリカリのお礼です」
 大学で高梨さんにもらったのは、パンプディングというお菓子だった。食パンと卵と牛乳で簡単に作れるのだそうだ。受け取ってお礼を言い、でも結局それ以上話を繋げられなかったヘタレなボクが、彼女と朝ごはんを共にするとか……まあ、妄想は個人の自由だし、いい機会だからまたパン朝食にも挑戦してみよっかな、とボクは思った。


了(←ココマデ・1976字)
【2022.7.9.】


「カクカタチ」プロジェクト・投稿コンテスト第2弾(「朝ごはん」をテーマに若者の日常を描いてください、#2000字のドラマ #あざとごはん )応募作です。


『妄想 朝ごはんシリーズ』と題して3本の短編小説を書きました。
その1「納豆ごはんに背を向ける朝は来るか」
その2「パンプディングの現実と妄想の玉子サンド」
その3「ダンス・ウィズ・ダシマキ」


ご来店ありがとうございます! それに何より、 最後までお読みいただき、ありがとうございます! アナタという読み手がいるから、 ワタシは生きて書けるのです。 ありがとう、アリガトウ、ありがとう! ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー