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ダンス・ウィズ・ダシマキ【短編小説・1984字】

「ウーロン茶と、サバの塩焼き、ごはんセットごはん少なめで。あと、持ち帰りでだし巻き玉子をお願いします」
「はーい、よろこんでー!」
 いつもの居酒屋のカウンター席で、ボクはいつものように注文した。ホールスタッフのお兄さんが去ったところで、ちらりとガラス張りの厨房を見る。すらりと背の高い切れ長の瞳の彼女は、たぶんボクより6、7歳年上。もう一人のスタッフと共に、てきぱきと料理を仕上げていく。
 お一人様でも食事利用でも歓迎してくれるこの店に、仕事が立て込んでなければ週1、2回通うようになった。もう半年くらい経つだろうか。一応芸能人のボクは、店内でもキャップをかぶったまま。黒ブチの伊達メガネをかけ、地味な格好でこの店に通っている。気付いていないのか店の方針なのか、サインをねだられるとか、そういうふうに声をかけられたことはない。普通のお客さんの一人として扱ってくれているのが、すごく助かる。
 料理も居心地もいいのだけど、ボクの本当のお目当ては別にある。
 彼女がだし巻き玉子を焼きはじめるのはいつも、ボクが食事を終えようとする頃だ。凛とした、という言葉が似合う。片手で卵を割り、軽く混ぜる仕草。時折菜箸で玉子焼き器をカンカンッと叩きながら、リズミカルに玉子をひっくり返す動き。店のBGMが遠のいて、聴こえないはずの音楽が聴こえてくる。
 初めて見た時から、ボクは彼女のファンだ。彼女の、キレのあるダンスのような体さばきが好きだ。自分はあんなふうに踊れてるだろうか、と思う。ボクは彼女のダンスが見たくて、この店に通っているのだ。
 ボクの食事が終わりそうになり、彼女がいつものようにだし巻きの準備をはじめると、男子スタッフが彼女に声をかけてきた。メモを持って彼女の隣に立ち、彼女が焼くのをじいっと見つめる。それとなく見た名札には「高梨」と書いてあった。彼女の名札は「柴田」、それは知ってる。高梨君はボクとタメっぽいな。胸がチクリとする。その距離が、うらやましい。
 彼女が焼き終わると、高梨君はペコリと頭を下げて去っていった。退勤らしい。柴田さんはだし巻き玉子を容器に入れホールスタッフに渡すと、マスクをずらし水を口に含んで、次の伝票に目をやったり他のスタッフに声をかけたりしている。
 視線を外して、ウーロン茶の残りを飲み干す。少しぼんやりしていたところに、声をかけられた。
「だし巻き、お待たせしました」
 見ると、さっきまでガラス越しに目にしていたはずの柴田さんが、手提げ袋を手にしてボクの横に立っている。
「いつもありがとうございます。ちょっと聞いてみたかったんですけど、いいですか?」
「は、はい」
 初めて聞いた柴田さんの声。これまでのどんなインタビューより緊張する。
「あの、焼きたてをここでお召し上がりにならないのは、なんでかなって」
「あ、家に帰ってすぐ、つまみ食いしてます。焼きたてもおいしいです、明日の自分のために残すのが、ツラいくらい。ええと、ボクはこれがあるから朝起きれるので……つまりこれは、ボクの朝ごはんなんです」
 めちゃくちゃな説明になってしまった。
「朝ごはん! なるほど、それは想像してなかった」
「冷蔵庫にコレがある、って思うと、起きれるんです。仕事頑張ろうって。だから、いつもおいしいだし巻き、ありがとうございます」
「こちらこそ、気に入ってくれたならうれしいです! ごはんや味噌汁と一緒に食べるの?」
「いえ。だし巻きだけです。これだけを、集中して味わいたいんです」
 ボクの好きなあなたを、思い出しながら食べるんです。
 心の中だけの独り言なのに、顔が熱くなる。ふと見ると、柴田さんの顔も赤かった。
「いや~、美少年にそんなコトそんなふうに言われちゃうと……あっ、お客様なのに、すみません、くだけすぎちゃって」
「いえそんな。そっちの方がうれしいです、柴田さん。あ、ボクは桐谷です」
「キリヤ、くん」
 さま、でもなく、さん、でもない。くん、がうれしかった。自然と顔がほころんで、マスクがずれてしまう。立ち上がって、そのまま柴田さんに会計をお願いした。あれ、背の高さは一緒くらいだったんだ。指、長い。短く切りそろえた爪の丸みが、かわいい。
「じゃあ、また来ます。ごちそうさまでした」
「は、っっはい、ありがっ、ございました!」
 柴田さんが、噛んだ。会計をしているあたりからなんでだか動揺している柴田さんも、すごくいい。名前を言っても、柴田さんは芸能人のキリヤを知らないようだったのに。なんでだろ?

 そこからちょっと先の未来。ボクがあの時のことを尋ねたら、「美少年、自分の笑顔の破壊力、なめんな」と彼女は答えた。面倒だから家では絶対に作らないからね、と言ってたくせに、誕生日の朝には焼きたてのだし巻き玉子を出してくる。そっちこそ自分のツンデレをなめないでほしい、とボクは思った。


了(←ココマデ・1984字)
【2022.7.9.】


「カクカタチ」プロジェクトの投稿コンテスト第2弾(「朝ごはん」をテーマに若者の日常を描いてください、#2000字のドラマ #あざとごはん )応募作です。


『妄想 朝ごはんシリーズ』と題して3本の短編小説を書きました。
その1「納豆ごはんに背を向ける朝は来るか」
その2「パンプディングの現実と妄想の玉子サンド」
その3「ダンス・ウィズ・ダシマキ」


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