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終わりの切なさがなくならないうちに次の始まりがやってくる

新しい年を迎えるとともに、新卒で入った会社を辞めて、転職することになった。

「後悔するなよ。というより、正直後悔はするかもしれないけれど、自分が納得できるように生きろよ。」

数ヶ月前、その報告をしに上司と飲みに行った時に、私の2.5倍長く生きる上司が、私の目をまっすぐ見て言い放った言葉だ。

店内にはFMがかかっていて、ちょうど失恋ソングばかり流れた。
私達は、カフェで別れ話をするカップルのように、ハイボールが少し高い居酒屋で沈黙と会話を繰り返した。

私にとって会社を辞めることは恋の終わりと同義であった。
社会へ出ていくことにあまり意義を見出せないまま就活をしていくなかで、唯一ときめきを覚えることができた会社だった。内定が出たときは運命だと信じて、他社の選考はすぐに辞退した。
健やかなるときも病めるときも一生添い遂げるはずだったのに、想いをそこまで高め持続することができず、あきらめてしまった。

目の前で私の退職発表を聞いて冒頭の言葉をかけた上司は、職場で特に惚れ込んだ人だった。会社生活で色んなことに失望していくなか、憧れ続けることができた人だった。本当はこの人が辞めるまでは続けるつもりだった。

けれど、やりたいことが思った以上にやりたいことであったこと、やりたいことをやるには今のあり方を否定して抜け出す必要があること、それらの気持ちが大きくなって、それを自覚してしまえばいてもたってもいられなくなった。
同時期に、心身の状態や環境が変化してどうしてもやりたいことができなくなった人と対面することが多かった。自分もいつ体が動かなくなるかわからない、なら動けるうちにやり遂げないと。当たり前だけど身をもって感じられなかったことがようやく感じられるようになった。

私は、上司に向かって、たどたどしく、けれどまっすぐに言った。

ここでやめてもやめなくても、嫌なことが起きたとき、正直一瞬でも後悔しないことは無いと思います。
それでも私が欲しいのは、自分が自分の行き方とまっすぐ向き合った結果この道を選んだという自信と納得感なんです。


そして1月の1番寒い日に、最終出勤を迎えた。
定時を迎えて、いろんな人に挨拶をし、いろんな労いの言葉をもらった。
夜の9時にようやく引き継ぎが全て終わり、必要書類に印鑑を軽快に押した。
思っていた以上にあっさりで、それが逆に寂しかった。

愛したかったのに愛せなかった理念、添い遂げられず達成できなかった目標、上司や同僚と熱く語り合えなかった仕事の話、ひとつひとつ頭に浮かんでは、私の心をきゅうっと絞めた。

最後の仕事を終えるたび、フォルダをひとつ消すたび、紙を一つシュレッダーにかけるたび、自分の身体のどこかをめくって捨てるような気持ちになった。
自分の手で全てを終わらせることは今までに数多くないことだから、感覚を覚えているために、1つ1つの行為を噛み締めながら行った。

人は同時にいくつも多くを大切にできない。
これからは、自分がもっと大切にしたいと思ったことを、大切にできるうちに、まじめに全力で大切にしていかなければいけない。

私は私としてしか生きられないし、私として生きていかなきゃいけない。
それを身をもって感じながら選び抜いたことに誇りを持ちたい。

最終出勤の朝、通勤電車から見えた朝焼けは写真に収めるには惜しいほど美しかった。
その時感じた美しさを私は忘れないように、新しい人生を生きる。

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