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体育祭で想う。

次男くんの体育祭がありました。
次男くんは春から自宅を離れ高校の寮で生活しています。
入学式の前に入寮して以来、帰省は一度もなく、夏休みもずっと毎日野球の練習をしていた次男くん。

我が子と離ればなれになるのはこんなにも淋しいものか。

半年経っても、未だにふと淋しさが襲ってくることも。


高校を卒業して、他県の大学に進学し親元を離れた私。

あの時、母にこんなにも淋しい思いをさせていたのだろうか。。。

当時、祖父母と母と私の4人暮らし。


小さい頃からおじいちゃんもおばあちゃんも、私をとても可愛がってくれました。

私はおじいちゃん、おばあちゃんの『自慢の孫』

二人の喜ぶ顔が見たくて、勉強でも何でも一生懸命頑張っていました。


大学生になって夏休み。久しぶりの帰省。母に、私が自宅を出て淋しくないかと尋ねたことがありました。

「カッコはね、おうちを出た方が良いって、ママは思ってたんよ」

「ん?」思ってもみなかった母からの返答に驚く。

「カッコはね、ばあちゃんとおったら頑張っちゃうでしょ。頑張り過ぎちゃうでしょ。カッコらしくおるためには、家を出てちょっと距離をとった方が良いなって、ママは思ってた。カッコには自分の道を進んで欲しいからね」

母のそんな本音語りを、はじめて聴いた。

そんな風に母からは見えていたのか!と驚いた。

そして、私が自分の人生ではなく、祖母の望む人生を歩んでいたことをしっかりみて心配してくれていた母に驚いた。

確かに大学進学とはいえ、一人で自宅を出たことに、ひどく罪悪感を感じていた。大学生になり毎日楽しく過ごしていたけれど、どこかで「私一人が楽をしていて申し訳ない」気持ちが拭えずにいた。

母の語りを聴いてから、「あぁ自分の毎日が楽しくても良いんだ」「私は私のしたいことをしても良いんだ」と安心して、大学生活を楽しめるようになった。


息子くん達と離ればなれの生活。

私から見えなくなった彼らの日常。

『きっと息子くんなら大丈夫』信じて祈るしかない。

親子の程よい距離感。私の淋しさを息子くん達に押しつけないように、自分の淋しさは自分で片付けられるように、春から試行錯誤してきたけれど・・・。


息子くんの体育祭。

高校に入学してコロナで参観日もなく、はじめて見る息子くんの学校での様子。

競技「台風の目」色々なチームの作戦がある。外側で何度も吹き飛ばされる子を見て大笑い。息子くんも笑顔弾けてチームメイトと楽しそうに協力してゴール!その後、クラスメイトとテントに戻っていく息子くん。

そんな息子くんを見ながら、急にボロボロと涙が溢れて来る。

さっきまで隣で大笑いしていた私の目からボタボタこぼれる涙に、隣に居た旦那さんが驚いている。「え?なんで?」と笑われる。


淋しい『涙』よりも、嬉しい『涙』

悲しい『涙』ではなく、ほっとした安堵の『涙』

息子くんは大丈夫だ。自分の居場所を見つけて、その場所でしっかり頑張っているし自分らしく楽しめている。


思春期の親子の距離感。つかず離れず。くっついたり離れたり。

でも心の中にはいつも居る。そして、相手の心の中にもきっと私が居るだろうと思える関係。


高校の体育祭がこんなに楽しいとは思わなかった。

行事は子ども達の成長を、私達親が気付き実感できるチャンス。

こんな機会を作ってくれた先生と学校に感謝。

そして感動をくれた息子くんと、彼の周りに居てくれるお友達にも感謝感謝。ありがとう!


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