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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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2023年5月の記事一覧

【連載小説】あなたに出逢いたかった #8

翌朝。 食卓にはパンに紅茶、そして果物が並べられており、梨沙は心底ホッとした。これらは好き嫌いなく食べることが出来る。 祖父の姿はなかった。聞けばとっくに早起きして散歩にでかけている、とのことだった。昨日は疲れて休んでいると言っていたのに、何となく避けられているのではないかと思った。別に良いのだけれど。 夕方には帰路に着く予定になっており、梨沙はそれまで自分も散歩してくる、と祖母に告げた。 「お昼はどうするの?」 「色々周りたいので、要らないです」 そうしたら、と祖

【連載小説】あなたに出逢いたかった #7

梨沙が居間に降りると、既に祖父が席に着いていた。 「お祖父ちゃん…お久しぶりです」 祖父はちらりと梨沙の顔を見ると出し抜けに 「遼太郎や蓮はどうしているんだ」 と憮然と言った。祖母と同じことを言うんだ、と思った。 「元気にしています…。私なんかよりパパや蓮が来た方が良かったですか」 その問に祖父は答えること無く「遼太郎は孫がこんなになるまで顔も出さない。こちらはもう老いぼれなんだから、そのうち死に目も合わずじまいになるぞ」と愚痴をこぼす。 食卓には梨沙の嫌いな魚

【連載小説】あなたに出逢いたかった #6

梨沙は順番に小学校からアルバムを開いていく。 小学生の遼太郎。パリッとした白いYシャツ姿で写っている。 そういえば隆次叔父さんもいつもこんな白いYシャツを着ているな、と思い出す。 さすがのあどけなさに思わずクスッと笑ってしまったが、それでも凛々しい面影は残っていた。 ただ、同級生はみんなキャラクターがプリントされたシャツやパステルカラーの服を着ているのに、どこか1人だけ浮いているような雰囲気だ。 そして小学生なのに無邪気に笑っているような写真はなく、どことなく醒めた、鋭

【連載小説】あなたに出逢いたかった #5

遼太郎の学生時代の話を聞いた梨沙は、無性に若い頃の遼太郎に触れたくなった。 そうすると必然と祖父母の家を訪ねることになるだろう。 ただ田舎を訪れたのは梨沙がまだほんの小さい頃で、記憶に乏しい。 「ねぇママ、パパに内緒でお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に行ってきてもいい?」 京都から帰ってきた翌日。 遼太郎に交渉するとダメだと言われると予想した梨沙は、夏希に許可を得ようとした。許可というより "出資" が必要なためだ。 「パパに内緒でって…どういうことなの?」 「だってパパ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #4

「酒が飲めるようになるまで2人ともまだまだだなぁ」 夕食後、ホテルの部屋で酒を飲む遼太郎がポツリと言った。正宗の家の酒を四合瓶で購入しては、食事を済ませた後にこうして部屋で飲むのだった。 「僕はお酒飲まない気がするけどね」 蓮は幼い頃から一貫してそんな事を言っている。 「二十歳になったら試しに飲んでみてくれよ。意外といけるかもしれないだろ」 「蓮が飲まなくても私は18になったらドイツでパパと飲むから!」 梨沙もまた、言うことは一貫している。 「残念だな。日本の飲酒

【連載小説】あなたに出逢いたかった #3

8月に入るとすぐ夏希の誕生日があり、食卓でささやかなパーティが開かれた。 先だっての休日に遼太郎が子供たち2人を買い物に連れ出し、梨沙も蓮も小遣いからささやかながらもプレゼントを選んだ。梨沙はいつも何をあげてよいかわからず、クッキーだのチョコレートだの(真夏なのに)、お菓子で済ませていた。蓮はタオルハンカチを選んだ。 遼太郎は毎年小さな花束とワインを用意する。ワインは初めて2人だけで会った時に、2人を繋いだアイテムだからだ。 蓮が「初めてお母さんにあげたプレゼントも花束

【連載小説】あなたに出逢いたかった #2

7月半ば、梨沙は約1年間のドイツ留学から帰国した。 今年は東京も早々に梅雨が明け、既にミンミン蝉があちこちから鳴き響き暑さをかき立てる。 そんなやかましくて蒸しっとした日本の夏に、梨沙は既に嫌気が差していた。やっぱりこっちよりベルリンで過ごすのがいい。 ただこの湿度のおかけで東や東南アジア人の肌は潤いが保たれて若く見えるのだろうとも思う。ベルリン滞在中はとにかく乾燥対策が大変だった。夏場でも気を抜くとすぐに粉を吹いた。 また、ずっとベルリンにいたら良かったかというと、そ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #1

真夜中の花畑。暗闇の中に赤や白の花々が浮かび上がる。 ある男。 暗闇の花畑を歩く彼は、花に負けないほどの魅力的な香りを放っていた。 それに誘われるかのように、青い蝶がどこからか舞い現れる。 気づいた男が目を細め、不思議そうに蝶を眺める。 “私を捕まえて” 蝶はそう言い羽根を震わせるけれど、男の耳には届かない。 「こんな真夜中に、何故こんなところにいる?」 そっと右手を差し出すと、蝶がその手のひらにふわりと舞い降りる。 飛べないのか。弱っているのか。 男は花の