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【連載小説】あなたに出逢いたかった #6

梨沙は順番に小学校からアルバムを開いていく。

小学生の遼太郎。パリッとした白いYシャツ姿で写っている。
そういえば隆次叔父さんもいつもこんな白いYシャツを着ているな、と思い出す。

さすがのあどけなさに思わずクスッと笑ってしまったが、それでも凛々しい面影は残っていた。

ただ、同級生はみんなキャラクターがプリントされたシャツやパステルカラーの服を着ているのに、どこか1人だけ浮いているような雰囲気だ。
そして小学生なのに無邪気に笑っているような写真はなく、どことなく醒めた、鋭利な憂鬱を抱えているような表情をしていた。

梨沙にはそれがとてもクールに見えた。この頃から既に "遼太郎だったんだ" と感じる。もしも自分が小学校で同じクラスだったとしても絶対に好きになっていたと思う。

続く中学のアルバムでは、やはり表情はあまり明るくなく、生真面目そうに写っている。目立たない印象だ。
巻末のクラブ活動紹介では弓道部にいた。ジャージ姿で弓を持っている。やはりどこか不安そうな、暗い顔だ。

ようやく梨沙は "楽しそうに学校生活を送っていない" と感じ、少々不安になる。どうしてこんな不安そうな暗い表情をしているのだろう。この弱々しさは今の遼太郎からは想像ができない。

高校のアルバムを手に取る。ページをめくると最初のクラスに遼太郎は登場した。

この頃になると今にだいぶ近づきつつも、幾分穏やかで優しそうな印象だった。中学までの暗さはない。ほっと胸を撫で下ろす。

ちょうど今の自分と同い年くらいの、遼太郎の姿。

胸が熱くなる。

やっぱり好きだ、と思う。
いつの時代も、好きな人のことは好きなままなのだと思った。

と同時に、あることを思い出す。

去年の12月、ベルリンで出会った日本人の旅人、稜央のことだ。
高校生のこの写真は、彼を思い起こさせる要素が十分にあった。

Doppelgänger…ドッペルゲンガーはドイツ語である。
不思議な気持ちが錯綜する。

こんなにも似た人が自分の目の前に現れたことは、本当にただの偶然なのだろうか。
やはり運命なのではないか、と。

動揺と興奮が入り混じりながらもページを送る内に、巻末の部活紹介ページで手を止めた。
白い道着に濃紺の袴姿で弓を持った、中学とは打って変わって凛々しい遼太郎が写っていた。自信に満ち溢れている。

“高校でも弓道部だったんだ…めちゃくちゃカッコいい…!”

弓道着とはいえ、和装姿を見ることはなかったので、梨沙の胸はときめいた。
部員と思しきメンバーとの集合写真では中央に立ち堂々とした姿で写っており、部長だったんだな、とすぐにわかる。今の遼太郎に近い貫禄があった。

その隣に、おおよそ場違いな、薄いピンクがかったプラチナブロンドのロングヘアをポニーテールにした女子生徒が、同じく袴姿で立っていた。

ドキリとする。

“え、この人、なに? 外国人? でも顔は日本人だよね…”

あまりにも突飛な髪の色に驚いたが、少々勝ち気そうだけれど、大きな黒い瞳、それに反して頬はぷっくり艶やかで愛らしく、肌は透き通るほど白い。ハッとするほど美しい人だった。背も高く遼太郎に追いつきそうなくらいで、道着からのぞかせた腕はほっそりと長い。まるでモデルのようだ。

”もしかして…この人がパパが話していた…一目惚れした彼女、なのかな?"

この人が彼女だとしたら…遼太郎は『女の人だけど、ちょっと勝ち気で媚びなくて、男らしいというか。それでいてすごい美人で』『カッコいい』と評していた事に何となく合致する。

更に『そういえば梨沙に似てるかもな』とも言っていた。
背の低い梨沙からすれば、自分とはまるで正反対のように感じた。確かに瞳は強い印象があるが、表情のあどけなさもあり優しそうだ。イメージとはだいぶ違う。どうして似ているなんて言ったのだろう。

今まで知らなかった遼太郎の側面を見たようで、梨沙は動揺した。高校で雰囲気が変わったのも、この人のせいなのではないか。
また彼女があまりにも綺麗な人だったので同時に嫉妬心も疼く。

クラスのページに戻って探してみると、遼太郎とは離れたクラスのページにその女性は写っていた。
写真の下には『川嶋 桜子』の名があった。

「桜色の髪をした桜子さんか…きれいな人…ママより美人だな…」

もう一度弓道部の写真を見る。並んだ2人は美男美女だ。もしこんな2人が付き合っていたとしたら、学校中の注目を集めそうだ。

梨沙は妙な気持ちで胸が一杯になり、アルバムを閉じた。

ふと背後の押し入れのような物入れの戸に手をかけると、そこに卒業アルバムがあったことは明白で、3冊分の隙間が空いていた。
同じ小学校と中学校のアルバムがもう1冊ずつある。これはおそらく叔父の隆次のものだろう、と思った。

梨沙は更にそこにあった1冊のアルバムを手に取った。開くとそれは、高校弓道部の試合や合宿の様子をまとめたアルバムだった。

矢をつがえて弓を引く遼太郎の姿もあり、その鋭い瞳はまさに "射抜く瞬間" だった。
梨沙は再び胸をときめかせた。

桜子もよく一緒に写っている。特に3年生と思しき写真では仲睦まじく写っているものもある。桜子は瞳をぱっちりと開き、一番可愛く見える顔を意識しているように見えた。遼太郎も今まで見たこともないような、無邪気で幸せそうな笑顔をしていた。
胸がぎゅうぅと痛くなる。

「やっぱり2人は付き合っていたよね…」

梨沙は無性に桜子が羨ましくなった。この時代に自分が生きていたら、自分がこの女性の立場だったら、どれだけ良かっただろう。

嫉妬心がふつふつと湧き上がる。

そして不意に壊したくなる。

遼太郎が愛した人。大切にしていた人。
2人の間にあったかもしれない愛を、壊してしまいたいと思う。

パパはどんな顔して悲しむんだろう。

それすらも愛でたいと思った。

この時代のパパに、出逢いたかった。

嫉妬と哀しみが胸の中に渦巻いた。強い感情が襲う時、それを回避しなければならない。パニックになって、衝動的な行動を起こしてしまう。

梨沙は深呼吸してもう一度、小学校のアルバムから開き直した。

最初見たときはクールだと思ったけれど、やはり子供らしくない。つまらなそう、とはまた違う。暗澹としている。

中学のアルバムも開く。どことなく空虚で、なにか諦めたような風にも見える。

けれど高校では穏やかになり笑顔も浮かべていて、普通・・の高校生に見えた。

この変化は…。

「よくまぁ、そんな飽きもせずによく見てられるね」

不意に襖が開き、顔を覗かせた祖母が言った。梨沙は慌ててアルバムを閉じた。

「そんなに気に入ったなら本当に持って帰ったらどうだい。元々遼太郎のものなんだからいつまでもこんな所に置いておかないで、自分で持っていって処分してくれたらいいんだから。ついでに隆次のも持って帰っておくれよ。そもそもあの子はもううちの子じゃないんだから」

隆次は婿入りして別姓になっている。遼太郎の事は褒めちぎるのに、隆次の事は散々な言い方だ。

アルバムを持ち帰りたいのは山々だが、今はまずい。

「ちょっと今回は全部持ち帰るのは重たいので…また改めます…」

それでもこの弓道部のアルバムだけはそれほど大きくもないので、これだけこっそり持ち帰ってもいいか、と思った。

祖母は去りながら言った。

「夕食の支度が出来たから、降りていらっしゃい」

梨沙はアルバムを閉じ丁寧に重ね、部屋を出た。





#7へつづく

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