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(4)会社やめてどうするんだ!              あるサラリーマンの Long Vacation

 

空港の自動ドアをくぐると、真夜中のそよ風が新鮮で爽やか。風はどこか生暖かいが、20時間以上も機内にいた人間にとっては気持ちがいいです。全身が風に洗われるような感覚です。軽く深呼吸してから、どことなく歩き出します。空港の周辺は高いヤシの木々が一列に立ち並び、いかにも地中海の島らしい光景が広がっています。しばらく歩き、空港の灯りがぼんやりと差し込むベンチに横になりました。

 そこから夜空を眺めると、不思議な感動が体の底から沸き起こってきます。これからどこに行くのか、これからどうなるのかまったくわかりません。でも、やっとたどり着いたという爽快感が体に溢れてきました。この不思議な爽快感は、会社に辞表を提出したときと似ています。30年近く勤めた会社に辞表を書くとなると、手が震えるかなと思ったのですが、それがあっさりと書け、書き終わると不思議と清々とした気持ちでした。何の感慨もありませんでした。

 上司は特に何も言いませんでした。内心喜んでいたことでしょう。それもそのはずです。勤務中の居眠り、そして欠勤(ときとして無断欠勤)が多い私を引き止めるわけがありません。上司には奥さん、子供、住宅ローン、犬、そして彼女もいるのでしょう。このダメ社員をクビにしなければ自分がクビになります。

 思えば自分は絵に描いたような典型的なサラリーマン、会社人間でした。大学を卒業して就職し、ずっと真面目に働いてきました。真面目に働くことだけが取り柄の人間です。でも、さすがに満員電車にも、他社や社内の競争にも、エクセル表にも、仕事のメールにも、1日15回も「お世話になっています。宜しくお願い致します」と繰り返すことにも、うんざりしていました。心の中で本当に気になっていたのは、月子さんとノブちゃんのことだけです。

 「辞めてどうするんですか?」
 ある女性部下が自分の顔を覗き込みました。
 「世界の果てにでも行って、超レアワインでも探すかな……」
 その子はその場を駆け去りました。
 
 会社の誰にどう思われようが知ったことではありません。送別会も辞退しました。すべてを捨てて逃げ出したかったのです。旅に出たかったのです。唯一気掛かりだったのは、月子さんとノブちゃんが知らない、飲んだことない、二人を魅了できるワインを探し当てることができるかどうかでした。それだけです。
 また、メールします。
(続く)
 
 

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