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小説_『箱の中』

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ある月曜日の朝。

バス停でため息をついている男が目に入った。
紺色のスーツに身を包み、左手にビジネスカバンを持ち、右手は行き場をなくしたように下ろされている。
髪は黒く、丁寧に撫で付けられている。

男は斜め下に目線を傾けてじっとしていた。
僕はバスが向かってくる右側をずっと見ていた。

「はぁ。」

ため息に重さは無いけれど、もし重さを定義できるとしたら、それは簡単に持ち上げることができないものだった。
そして、そのため息は、おそらく意図的に吐き出されたものでは無かった。
自然に、もしかすると必然的に彼から出たものかもしれない。

「はぁ。」

吐き出された空気は誰にも見えなかった。
男の目に輝きは無かった。
目に映る現実を拒否しているように見えた。

少し経ってバスが停まり、男は乗車した。
僕は男の後ろから乗車した。

バスは混み合っており、男はつり革に捕まって立っていた。
僕は男の右側に立った。

10分たらずの時間だった。

男の目線は相変わらず、斜め下を向いていた。
おそらく目は動いておらず、ただ一点を見つめて、景色の流れを淡々と見過ごしているだけだった。

僕は同じように景色を特に何の感動も無く眺めていた。

男は4つめの停留所でバスを降りた。
僕も同じ停留所で降りた。

また「はぁ。」と聞こえた気がした。

バスを降りて、男は右方向に、僕は左方向に歩き出した。

この日以降、男を見かけることは無かった。

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