小説_『本との出会い』

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ぼくが本を読むようになったのは小学四年生のころだった。

太陽の日差しが照り付けるあの日、読書欲の無いぼくはデパートの中にある本屋の入り口にきた。
デパートによくあるタイプの大きめの本屋だ。

本屋の反対側にゲームセンターがあり、その騒音が少し本屋に浸食しているように思える。
立ち読みをしている人たちの表情は真剣そのものだ。
耳障りでは無いのだろうか。

本屋の中に足を踏み入れると不思議なことに騒音は耳に入らなかった。
このデパートにはしょっちゅう友達と遊びにくるし、家族ともくる馴染みの場所でもある。
しかし本屋に足を踏み入れることはあまりない。
入ったとしても滞在時間はとても短い。
読んでいる漫画の新刊がでたときに少し寄るぐらいだ。
浮気はいっさいせず、目的の漫画を手に取るとすぐにレジに向かう。

でもあの日の僕は違った。小説を買いに来たのだ。​
人生初の小説。買う本は決めていない。
でも買うことは決まっている。
買わなければならない。
そのような固い決心でぼくはここに入った。

ぼくは本棚をちらちらと眺めながら、ゆっくりと本屋を練り歩いた。
約三十分はそうしていただろう。
足首は痛くなっており、そろそろ買う本を決めなければいけなかった。

練り歩きも二週目に入ったころ、一つのタイトルが目に飛び込んできた。

「タイムマシン」H.G.ウェルズ

あの日、本屋に入って初めて本を手に取った。
表紙の真ん中には主人公らしき人物がカップを逆さにしたような、乗り物に乗っている。
金属でできているように見える。
周りの景色はゆがんでいて、中心に向かってねじれている。
おそらく時間を移動しているシーンだろう。
その表紙を見たときに冒険する話を連想し読書欲が急上昇した。
それと同時に購入を決めた。

レジに向かう途中、一つ気になった。
本には文字しか書かれていないのか。もしかすると小説ではないかもしれない。
パラパラとめくってみると、ほとんど文字だった。
これは小説だ。

レジに本を出したときだった。
「カバーを付けますか?」
「カバー?」
ぼくは急に言われて理解できなかった。漫画を買うときにそんなことはきかれない。
「はい。カバーはお付けになりますか?」
女性の店員は優しい笑顔でもう一度言ってくれた。
「大丈夫です」
緊張していたぼくは、無表情で答えた。

そして本屋を出てからまっすぐバス停に向かった。
なんとなく落ち着かない。

本屋で漫画を買ってバスに乗って帰る。
本屋で小説を買ってバスに乗って帰る。

漫画か小説かの違いだ。ほぼ同じことだ。

でもそんなふうに冷静に考えようとしても、ぼくは落ち着きがなく、緊張した面持ちでバス停に向かった。
そしてバスに乗って自宅に帰った。

部屋につくとすぐに袋から小説を取り出した。
「タイムマシン」
シンプルな、そして馴染みのあるタイトルが気に入った。
ぼくはカバーを付けていないその小説をすぐに読み始めた。

その開いた本の中に印字されている文章を読み、頭の中で映像化した。
開いた本は一度も閉じることなく、最初から最後までぼくの頭の中に物語を投影し、幕を閉じた。

今思うとそれはすごいことだ。
人生初めての小説を買ったその日に読んだのだ。
自分が期待していた物語と一致したのだ。

ぼくは「タイムマシン」を読んで感じたこと、その魅力を夏休みの宿題の一つであった読書感想文に書いた。
その感想文がどのように評価されたのかは記憶にない。

しかし、二十年経った今でもあの時に買った「タイムマシン」を読み返す。
やっぱり面白い。何故だか読み返すと、あのときのことを想い出す。
そして、夏休みの宿題に読書感想文を追加し、「必ず提出すること!」と念を押した先生に感謝する。

ぼくは小説が大好きだ。

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