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Twitterを見るときに唱える祈り。

40代の頃の自分は間違っている発言を見聞きすると反論しないと気が済まなかったんだけど、50も半ばを過ぎるとエネルギーが弱って来たというかなんというか、あー、それ、間違っているよなー、でも、まあ、黙っていよう、と、生暖かく見守るシーンが増えてきた。

でも、ついこないだ Twitter の有名アカウントが「12月25日はイエス・キリストの誕生日ではない」という断定表現を5回繰り返して掲載してたものだから反抗心に駆られ、「今日ってまだエイプリルフールじゃないよね」と確認しながら下記のような tweet をしてしまった。

まあ5回も言っているのは「#本当の事なので5回言います」というタグのお題に応じているからに過ぎないんだけどさ。。。

これに対する自分の反論。。。

以上の自分の反論は次の3点が正しいという仮定にもとづいている。

① 受難日はユリウス暦33年4月3日(金)である
② 受難日と受胎告知の日付は同一である
③ イエスの受難時の年齢は33歳である

これら3つの仮定はいずれも新約聖書の本文に明確な記載があるわけではない。①は天文学者の見解。②と③は教会の中で伝えられて来た口伝によるものだ。これらの仮定の一つでも間違いと立証されればイエスの誕生日=12月25日説は崩れてしまう。なので「イエスの誕生日は12月25日」と断定表現することはできない。あくまで「イエスの誕生日は12月25日だけど、諸説あります」という程度だ。

今日の聖書の言葉。

そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです
ルカによる福音書 23:34 新共同訳

ムキになって反論してしまったけれど、それに比べてイエスは。。。

イエスは逮捕され裁判にかけられ十字架の道を進むとき、不思議なほど沈黙していた。終始、無抵抗で、死ぬ直前、こう言った。

父よ、彼らをお赦しください
自分が何をしているのか知らないのです

この短いイエスの祈りの言葉のうちに、神に敵対する全人類の反抗がすべて包み込まれているのだとしたら、そして、父なる神がイエスの祈りにすべて応答してくれるのだとしたら、世界には事実上、赦されない人=救われない人は、だれもいないことになる。

もちろん、これは自分の個人的な解釈にもとづく仮定なので Twitter に「#本当のことなので5回言います」とタグを付けて連投することはできない。【仮定】とカッコをつけて書くしかないんだけれど、いつかイエスが再び来る日、新しいエルサレムが天から下って来る日に、この仮定が正しかったか間違っていたか明らかになるに違いない。

イエスが死んだ三日後、遺体が墓から消えた、復活のイエスが現れた、という噂がイエスの弟子たちの間に広がった。ユダヤ教の最高会議の指導者たちは弟子たちを投獄し鞭で打ったものの、弟子たちは復活のイエスを伝えることを止めるどころか、いよいよ勢いづいて、その使信はついに帝国の首都ローマに達した。弟子たちはイエスと同じように無抵抗だった。その過程は新約聖書の使徒言行録に記されている。

ローマで増え広がったクリスチャンたちは、やはりイエスと同じように、どんなに迫害されても無抵抗だった。ついにローマ皇帝は折れて、キリスト教をローマ帝国の国教とすることを決定し、12月25日がイエスの誕生日として帝国の公休日に定められた。

それからというもの。。。

一転して社会のシステムを運営する側に回ったクリスチャンたちは、異論・反対論・敵対者を取り締まるようになり、迫害されていた側が、迫害する側になってしまった。

その後の歴史の中で繰り返された過ちを反省し、繰り返さないためには、イエスのこの言葉を心の中で何度も反芻する必要があるよね。SNS を見るときは、特にね。。。

父よ、彼らをお赦しください
自分が何をしているのか知らないのです

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