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誰にでも起きうる恐ろしさ〜映画『福田村事件』

森達也監督はドラマ映画を撮ってもメチャクチャ上手かった。

森達也監督のドキュメンタリー作品は一部しか観ていないけれど森達也を意識させるに十分な作品だった。

手持ちカメラでオーム真理教の内部を撮影したドキュメンタリー『A』も続編の『A2』も凄かった。

佐村河内守とは何者なのかに迫った『FAKE』に至っては、ほとんどドキュメンタリーなのか、それこそタイトル通りフェイク・ドキュメンタリーなのか?と観ている方も煙に巻かれるような映画だった。

それら映像作品に影響されて、よりアクセスしやすい著作も貪るように読んだ。
いずれも森達也というドキュメンタリー作家の世界の見方に共感をしたからに他ならなくて、そういう意味ではファンだと言っていいのかもしれない。

そして、今作はドキュメンタリーでこそないものの実話を元にした『福田村事件』。
これまでの森達也の活動と延長線上にある撮るべくして撮った映画なんだろうと思う。

映画制作にあたっては、勝手な想像だが予算が豊富に集まるようなテーマの作品でもなかっただろうが、
出演者は井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、柄本明太など錚々たるメンツが集められて見劣りは全くない。
コムアイや水道橋博士を本人のパブリックイメージとは真逆の配役に当てたところにもセンスを感じる。
水道橋博士はこの役を受けたことが精神的負担になったんではなかったかと心配してしまうくらいだった。

映像のルックもカメラワークや演出が素晴らしくて、まさに映画を観ているという充実感があった。

そういう意味では、これを撮りたいという確固たる信念を持ってカメラを回していれば、その力は映像にも宿るんだと感じた。

制作費がもっとあるであろう大手テレビ局が製作委員会方式で撮ったテレビドラマを派手にしただけの映画(とも言えない映像作品)より、よほど映画の佇まいがあり、安っぽさのかけらもなかった。

タイトル通り物語の中心は香川から千葉方面にまで薬の行商に遠征してきた行商団が関東大震災直後の朝鮮人による暴動を警戒しろという国を挙げてのデマの流布により、福田村の自警団により9人が殺害されるものだが、
前半は村人たちの生活を、各人の事情を、静かに執拗に描いていく。

戦争で連れ合いを失ったもの、
失意の中で朝鮮から引き上げてきたもの、
戦争から帰ってきた後も軍人だったことでしか自分の存在価値を示せずに軍服を着てマウントを取り続けるもの、
香川から東方の遠国にまで生活のために行商をしないといけないもの、
新聞社にいても統制により真実を書けずに憤る若い記者(まるで現代と同じじゃないか!)

そして、大地震が襲った後、住民たちの不安を朝鮮人たちが逆襲して来るという目に見えない恐怖がゆっくりと包んでいき、
村人たちと行商団が衝突することになる。

これまでの静かな演出から一転して派手で映画のクライマックスになるような見せ場になるはずで、これが韓国映画だと一気にスプラッターシーンになるのだろうが、もちろん森達也監督はそういうエンターテイメントとしては描かない。
むしろ、血糊や流血もあえてチープに演出する。
エンタメに昇華なんてしてやるものか。

しかし、それまで1時間半以上に渡って映像を観てきたものからすると、その瞬間はあっと息を呑んでしまうほど突然やってきた。

お前らは朝鮮人だろ、殺られる前に殺ろうじゃないか
違う俺達は日本人だ、
いいや、どう見ても朝鮮人だ、俺達を皆殺しにしようと企んでたんだろ
ここに日本人だという証明書がある、これを見ろ
やめろ、やめろ、この人たちは日本人かもしれないじゃないか
なんだと、朝鮮人だったら殺してもいいのか

あくまでも行商団が朝鮮人だと言い張り殺ってしまおうという自警団たち
もし日本人だったらどうするんだ、早まるんじゃないという村長たち
違う、日本人だ、これから国へ帰るだけだという行商団たち
どちらを信用すればいいか分からないが、熱狂に巻き込まれていきやっぱり殺ってしまおうとなっていく多くの村人たち

言い合いの興奮のるつぼの中、冷静に止めようとする人間は無力になる。
これぞ同調圧力、集団で暴徒化する恐ろしさ
そして、引金を引いたのは全く違うところから。

怖い。
自分が今の時代に同じような出来事に遭遇した時に、理性では分かっているし、止めようと思っていても、暴徒化した多勢を相手に出来るのか。

<了>

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