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『「加盟店はですねぇ…」』


「あぁ!手数料はいらないんですよ!」


そんなうまい話


「それから支払いは、翌々日に!」


電子マネーの加盟を勧められた


祖父の代から続けている

焼鳥の店


ウチと隣の

お好み焼き屋しか

この駅前には

飲めるような場所はなくて


クレジットや電子マネーの勧誘は

これまでも腐るほどあったが

俺はすべて断ってきた


現金に勝るものなし


手数料なんぞ

引かれたらかなわない

掛け払いなど

信用できない


ところがこの店の入る

テナントビルのオーナーが

勧めてきたとなれば

話を聞かないわけには


「ウチも時代にあったビジネス展開をですね」


たしかにこの若社長はやり手だ

ビル経営をベースに

色々な事業を展開している


「地域に根差した電子マネーを立ち上げるんです」


どうやら既存のサービスの勧誘ではなく

この社長自らが

決済システムを構築して

独自の電子マネーを提供するらしい


「加盟店はですねぇ…」


その度胸には恐れ入るが

全国でいくら加盟店が増えようが

俺には関係ない


なんとかうまいこと断って


「こちらとお隣だけに限定して…つまり…」


何を言おうとしているのか


鳥ふじこちらお好み焼き 凜おとなりさんだけで使える電子マネーです」


耳を疑った


「実は…ウチもなかなか経営がきつくて…」


風のうわさでは聞いていた

そりゃこんな珍妙なビジネスを始めるわけだ


「従業員の給与の半分を、その電子マネーで…ね」


なるほど考えたな


「加盟店はこのビルのテナントだけ!」


確実にウチと隣に還元されるというわけだ


いやぁうまいこと考えたものだな

やるじゃないか若社長


もういちど条件を確認する

手数料はナシ

売上金は翌々日にこちらへ


契約書にサインを済ませた


「ありがとうございます!ウィンウィンのビジネスを!」


礼を言うのはこちらかも知れない


「さっそく来月から始めますので!」


先行きが楽しみで仕方ない


「あぁそうだ…おやっさん、アプリ入れますね!」


社長が俺に

スマホを差し出すよう促す


俺はふだんスマホなんて

中学生の孫娘から教えてもらって

ニュースや天気予報をたまに見る程度

アプリってのは始めてだ


だから勝手口の道具箱に

しまったままで


「インストールしましたよ!」


何に使うのか知らないが

礼の言葉を伝えて

スマホはまた道具箱へ


「ウチの従業員やつらつかったらアプリそこに入るんで」


そう言って

社長は次があるからと

足早に店を後にした


--


しばらくして孫娘が店へ


夕方の暖簾を出す前に

甘いものをここで食べるのが習慣で

俺も来訪を楽しみにしている


きょうは電子マネーの話をして

驚かせてやった


案の定

大きな反応を示した


「おじいちゃんそれ…」


褒めてくれるのかと思えば

そうではないようで


「売上金もそのアプリで受け取るってことだよ」


一度では意味を理解しえなかった俺は

紙に書いてもらい

幾度も説明を受けて

ようやく理解した


つまり

この電子マネーを使って

ウチで飲み食いした売上金は

この電子マネーで

ウチに支払われるってことだ


俺は自分のところか

隣のお好み焼きだけを

喰ってしぬのかい


ちなみにもっと考えてみたら


上の会社の従業員

パートを含めても

7人じゃないか


めずらしくスマホを取り出し

社長へ電話をかける


ベルはいちども鳴らず

留守番電話に

繋がってしまう





(あとがき)

拙作は雪華さんよりいただいたひと言お題「給与の電子マネー払いが可能になった」件をいただき書いてみました。割と直球を投げたつもりです。よろしくお願いします。



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