『ペンションUNIZUKA殺人事件 ~セ、セキララ…~』
(まえがき)
読み始めたあとは自己責任でお願いします。
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「この中に、犯人はいます!」
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いちおう名乗っておこう。僕の名前はLEVIN。私立衛府乱大学の4回生だ。
卒業を目前に控えたこの冬、僕はひとりミステリを読み耽るためこの山深いペンションを訪れたってわけ。それがとんでもない悲劇の始まりだということも知らずに…。
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「残念ながら、そう結論を導かざるを得ません。なぜならお分かりのとおり…」
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昨夜未明、僕と同じ一人客としてこのペンションUNIZUKAに宿泊していた蝦蛄川という男性が背中をナイフで刺されて亡くなっていた。
心臓の真裏を一突きといったところで、およそ自死とは考えられなかった。死亡推定時刻は午後11時から午前2時の間。それは他の宿泊者の証言やアリバイを元に成り立っている。
あぁ大切なことを。
勘の良い読者の皆さんならすでにお察しのことだろう。そう、このペンションUNIZUKAはいま、大きな密室状態にある。昨夜8時頃からの猛吹雪で、交通網は一切遮断。窓を開ければ白銀の世界どころか突風が押し寄せてくるという始末だ。
遺体の状況から他殺は免れない。そしてスタッフと宿泊客を除いて、この宿の建屋にはネズミ一匹も近寄れないことは明白だ。
人知れず誰かが潜んでいて、蝦蛄川氏を殺害し、また隠れている?それはありえない。
事件後すぐに、オーナーである雲丹塚氏とともに僕は、ペンション中をくまなく捜索した。結果、皮肉なことに屋根裏の一部がシロアリにやられていること以外に何も不自然な点はなかった。
ということで、被害者を含め、あらためてこの”雪山の大密室”に閉じ込められた不幸なものたちを読者各位に紹介しよう。
蝦蛄川 鳥幸 (28)
プロカメラマン。冬山の風景写真を撮影に訪れたという。この事件の被害者。
雲丹塚 豪 (39)
ペンションUNIZUKAのオーナー。元は都会のフレンチレストランでシェフをしており、料理の腕には自信がある。
雲丹塚 聖山教会 (20)
オーナーが修業時代にフランスで出会い、日本に連れ帰った。趣味はコスプレとアニメ鑑賞。
左団扇 鯱男 (57)
全国に店舗展開をする古本リセールチェーンの社長。敏腕で知られ、政財界の人脈も広いが敵もまた多い。薄い本が好き。
左団扇 鴇 (64)
社長夫人。姉さん女房で会社の経営を握っている黒幕という説もある。
野菊 摘八 (31)
無職の童貞。
粟稗 蒸江 (自称20)
昼は派遣社員で夜は水商売。源氏名はモレシャン。遺体の第一発見者。
そして、僕。どこにでもいる大学生のLEVIN (25)。本名は控えさせてもらうよ。あぁそのとおり三浪だ。
ざっとメンバーはこんなところ。一見、これと言って怪しいところはなかった。それがこんな悲劇に見舞われるなんて…。
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「この中に、犯人はいます!」
「犯人だなんて!何を言ってるんだ!」
「あんたに何が分かると言うの!」
「そもそも君は何者なんだ!」
こんな非難は承知で、僕はラウンジに集まったオーナー夫妻と宿泊客全員の前で、持ち前の推理力を披露することにしたわけ。
「まずはお前がやってないというアリバイからだ!」
どうもここにいる皆さんは短気でいけない。しかしこの主張は理にかなっている。互いに素性をよく知らないもの同士が身を寄せ合うなかで起こった悲劇。ひとり探偵ヅラをして嫌疑を逃れようなんて虫のいい話だ。
「わかりました。僕の昨夜の行動をお話します…」
犯行時刻と思われる午後11時から午前2時の自身の行動を改めて辿り、整理する。
「ところでみなさん、ほんとうに構わないんですね…?」
「構わないとはどういうことだ早く言え!」
「そうよあなたこそやましいことがあるんでしょう!?」
「早く吐いて楽になってしまえばいい!」
僕はこみ上げる怒りを抑えつつ、敢えて小さな子供に読み書きを教えるように、ていねいに言葉を選びながら語り始めた。
「そういうことであれば、遠慮なくお話します。まず昨夜11時まで僕はこのラウンジに居て、被害者の蝦蛄川さんと談笑していた。その様子はキッチンで作業をされていたオーナーご夫妻にも確認いただいていると思います」
「ええそうですね。おふたりにコーヒーを淹れてさしあげました」
オーナーの雲丹塚氏が裏付けた。
「それから僕は妙にムラムラしたため自室に戻ったものの、ペイチャンネルのカードを買いそびれたことに気づき、すぐまたこのラウンジに戻りました。そしたらば…」
「ソ、ソノハナシハ…ヤメテクダサイ…」
オーナーの妻、聖山教会さんが顔を赤らめる。
「聖山教会さんがまさにプレイの準備に取り掛かるべく、アニメキャラとおぼしきコスチュームに着替えていらっしゃる最中だったんです」
「セ、セキララ…」
奥さんは完全に動揺している。
「そうですよねぇご主人?」
「そ、その通りだ…部屋ではなくキッチンでするのが…これまたイイんだ(恍惚)…」
「さっとペイチャンネルの1000円カードを1枚受け取った僕は、部屋を出るときよりも余計に悶々として足早に階段を駆け上がりました。そのとき廊下の壁掛け時計はすでに0時を指していたと思います。社長、いかがでしょうか?」
突然名指しをされて目が泳ぐ実業家、左団扇氏。
「た…たしかに君と遭ったけども、その…なんだな…あぁ!もう詳しくは妻…いや、女王様に伺ってくれ!」
即座に社長夫人の 鴇さんが口を挟む。
「たしかにこの豚を連れて散歩していたときにLEVINさん、あなたにお逢いしましたわね…えぇほんとうであればお外を歩かせたかったんですけど、さすがにこの吹雪じゃこの豚も別の意味で逝っちまいますのでね…そうなんです拙宅では毎晩0時を回る時分、この豚野郎の果て無い欲求を満たすために半裸亀甲縛り散歩をするのが習慣ですの。いわばミッドナイトルーティーンですわね。たしかに学生探偵さんのおっしゃるとおり、時計も0時を越えていましたわ」
「思い返すだけでも見苦しい光景ですが、証言ありがとうございます女王様」
僕は社長夫人の余計な描写に苛立ちつつも、確かな裏付けに礼を述べた。
「その後の2時間はあなたに裏筋、いや裏取りをお願いしたいものです…いかがですかね?野菊さん」
僕の視線の先は、このような状況下にあっても、まるで憑き物でも取れたような晴れ晴れしい表情で居る童貞野郎の野菊さんへ向いた。
「もう俺、昨日までの俺じゃないんだわ探偵兄さん」
「えぇたしかに、そのようにお見受けします。初めてにしては、かなりがんばりましたね。お見事」
「えへへ…」
照れ笑う野菊さんの筆おろしを請け負った粟稗 蒸江さんもそれに同調する。
「たしかに彼、初めてとは思えなかったです。百戦錬磨のワタシもヒーヒーしちゃいました」
その奮闘ぶりは、ペンションの薄い壁にスポンと空いた穴からすっかり覗かせていただいた。0時過ぎからほぼ2時間休みなくその行為は続いたから感心する。
おかげで僕のほうはというと、せっかく買ったペイチャンネルのカードは使わずじまいで無駄になったし、腕が筋肉痛になったしで大変ではあったものの、ライブで他人様のアレを観られる機会なんてそうそうないということで、喜ばしい限り。ほぼ始終を録画もさせてもらったおかげで帰宅後も楽しめるうえに、時刻の立証もされたという塩梅だ。
「ってかさ、考えたらあんた覗いてたのかよ!」
「まぁまぁ落ち着いて。おかげで僕もあなたたち二人もアリバイが証明できました。良かったのではないですか?」
「流出させんなよぉ?」
それについては何とも答えかねる旨を蒸江さんへ伝え、一連の行動の説明を結びとした。
「つまりは…」
オーナーが再び口を開く。
「そういうことです」
僕は呼応する。
「もう犯人とかコロシとかどうでもいいから、まぁこの猛吹雪が明けるまでとっかえひっかえ楽しんじゃえばいいんじゃないのってこと?」
元・童貞の野菊さんが嬉々として呼びかけた。それに反対するものはなかった。
その場に居た老若男女、あるものはシャワーを浴びに、またあるものは”道具”を取りにめいめいいったん散り、再度ロビーに集まることとなった。
ほんとうの天国(地獄)は、ここからかもしれない。
(おわり)