『着陸態勢』
機はすでに着陸態勢に入っている
雲を掻き分けて
無事ランディングした
後ろの方では
早々とベルトを外して起立し
CAさんになだめられているどこかのおっさん
ポン!
安全が確認されて
改めて僕は席を立つ
僭越ながらもビジネスクラスだから
早々に降りることができるとはいえ
若干の時間が…
「あの…」
通路を隔てて機体左側から
僕と同年代の女性が声をかけてきた
僕は彼女と同じ列
機体の右側に陣取っていた
「東京はさあ、怖いところだってね、気を付けようね」
?
なれなれしいな
一瞬首をかしげた
「○山くんでしょう?」
驚いた
相変わらず
彼女は綺麗だ
クラスで
学年で
学校で
いや地元で
いちばん美しかった
幸いにも
高2だったかな
隣の席だったこともある
商用で
地元と東京を月に何往復もしている僕
だからこそ彼女の感じる東京への畏れが
理解できた
当時は
緊張してあまり話せなかった
歴史の資料集を忘れて
机をくっつけて見せてもらったのが
最高の思い出
卒業後の進路は知らなかった
「あたし東京来たんだよ、○山くん」
なんの用で彼女が上京したかはわからない
だけど初めてか
あるいはほとんど経験がないことは確か
「ロッポンギって、バスで行ける?」
返答に窮した
だって
だって
だってねぇ
僕の事務所は六本木にある
ここを降りたら
僕よりも
彼女よりも
身長の高い
イイ女の秘書が
クルマを横付けして
僕を待っている
青春時代の憧れの人を前に
送って行こうか
この一言が出なかった
「あぁそーだ○山くん、今度わたしこっちに嫁ぐからさー」
僕の雑念は
本当に雑念だった
東京は
忙しい街だよ