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『こっち側にいますよ』


「ううん…やはり僕は…認めかねます…」


阿非隈あひくまリーダーは

きょうも首を縦には

振ってくれなかった


「あまりご無理は…お身体に障ります」


息子ほどの歳の上司が

私へ気を遣ってくれているのは

痛いほどにわかる


ところが私たちにも

生活があって


「ましてや奥様も揃ってだなんて」


子を持たない老夫婦

元の仕事は二人ともリタイアしたが

身体だけは無闇に丈夫だ


年金だけでは心許ない

24時間開設中の

コールセンターの現場で

働いている


しっかり仕事をこなせば

私たちのような老いぼれにも

それなりの賃金を払ってくれて


「そこまでおっしゃるなら…所長に相談を…」


そこまで相談しなくても

リーダーが認めてくれれば

済む話なのだが


「僕…両親が無理をして…二人いっぺんに」


訊けば

阿非隈あひくまリーダーのご実家は自営業で

ひたすらご両親は

仕事に勤しんでいたものの

事業の拡大に失敗して

借金をこさえ

その後の無理が祟って

お二人とも早逝なさったそうだ


「だから…僕…それがどうしても」


比べては大変に失礼だけれども

元々夜型の私たち夫婦であれば

その心配はいらない


働く目的だってそう

生活のためとは言ったが

夜勤明けにちょっと二人で

小洒落た店でランチをするのが

何よりの楽しみなんですよと

リーダーへ伝えた


「そういうことでしたら…」


来週から私と妻には

怒涛の深夜シフト

5連勤が待っている


「ところで畝枡うねますさん」


リーダーが口元を引き締め

改めて私の名を呼ぶ


「夜勤を認める代わりと言ってはなんですが…」


やはりそうきたか

こっちはこっちで

バブル戦国時代を戦い抜いてきた

なんでもこなす自信はある


「売上目標について…」


そうだろうな

この仕事は

それ以外にない


「来月は2倍でお願いします」


バブル育ちたるもの

その程度では驚かない

もちろん妻にも同様に課されるようだ

やってやろうじゃないか


俺たち世代にしか

できない仕事

俺たち世代だからこそ

生きる仕事


「期待しています!」


年寄りもさいきんは元気で

昼間は趣味に仕事に忙しい


となれば必然

商機は夜になる


年寄りに電話を掛ける

会話のちょっとした糸口をきっかけに

いくつもある投.資商材の中から

相手に適したものを

それとなくほのめかし

提案して

契約を約束させる


年寄りを騙…

おっと誘いたければ

年寄りが声を掛けるのがいい


俺たち世代にしか

できない仕事

俺たち世代だからこそ

生きる仕事


なんとも皮肉なことに

投.資詐.欺に泣かされ

命を絶った

リーダーのご両親

息子さんはいまなぜか

こっち側にいますよ



※いつものお読みいただいてるみなさんは大丈夫でしょうが初めての方へ、念のため。フィクションですよ






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