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『僕はおもむろに視界を窓の外へやった』
早朝の集中力をもって仕上げようとしていたプレゼン資料の作成がいよいよあと一歩というところで、僕はおもむろに視界を窓の外へやった。
そしたら、向かいに聳え立つウチよりもだいぶ立派なタワーマンションの、その屋上に人影があるのを目にしたわけ。
こうして自宅で日中作業などを行っていると、同じような光景には出会うことはままあるものの、それは往々にして設備点検業者の姿であったりするから特段気に留めることもなかった。
きょうはちがう。
いま僕の視線の先に居て、じっと地上を眺めるその人は、自身の仕事でその場に立っているのではない。
ダークスーツに白いシャツを纏い、そして暗い色のネクタイをつけた恰幅の良い男性。おそらく4~50代と思われる。強い浜風に髪をなびかせながら、手すり越しにじっと眼下の様子を探っている。
これはあれだな、通報しといたほうがいいやつ。
僕はそう感じ取って、スマホを手に取った。
1、1、0、でいいんだよな。
「事件ですか事故ですか?」
お馴染みの問いかけから始まった。事件でも事故でもない、そういう状況であるということと具体的な場所、それから自分の身分を明かして電話は終わった。
僕もしかかりの大仕事(?)の完遂を目前にして集中力がプツッと切れてしまったため、その手を休めてしばらく往来を眺めることに。
ほんの1分もしないうちに、サイレンを鳴らさないパトカーが2台、それから救急車が1台現場に寄ってきた。
このあたりの都会では珍しい光景ではないから、通行人もさほど意識を向けていることはなかった。ところが、さすがにそれらの車両が停まり、中から飛び出た警官が建物を一斉に見上げているとなると注目は集まるわけ。
僕はついこの瞬間まで、向かいの屋上にいる主役の存在をすっかり忘れていた。
スーツの中年男は当初のとおり手すり越しに眼下を覗いているばかり。おそらく緊急車両の存在には気づいたであろうが、困惑をするでもなく、たた佇んでいる。
インターフォンが鳴る。
あぁそうか。
この時間までに仕事を終わらせてランチを摂ろうと思い、ピザを頼んだのを失念していた。
そしてこれに合わせて彼女がもうすぐやってくる。
僕はノートパソコンを閉じて、作業机を後にした。
ダイニングテーブルにクロスを掛けて、ピザと彼女を受け入れる準備を整える。
午後は彼女と、ストリーミングでドラマの一気観をする予定なんだ。
窓の外では、大きな音を立ててサイレンが鳴り始めた。