『きょうはK子さんの姿が見当たらない』
きょうはK子さんの姿が見当たらない
K子さんと僕は
毎朝同じ電車に乗るけど
僕は遠目で
彼女を見守るだけ
僕はいつも
少し離れた場所で電車を待って
隣の車両に陣取る
K子さんが降りるのは僕より手前
だから彼女の後姿を
毎日見送るんだ
帰りの電車が同じになったことも
何度かあるけど
改札口を出たら僕と反対方向だから
そこでお別れ
K子さんとは
小学校も中学校も同じだった
だけど連絡先どころか
会話をしたこともなくて
ずっとずっと彼女を見ているけど
どうしても
声をかけるきっかけがない
それは
奥手な僕の言い訳にすぎないことは
じゅうぶんにわかっているのだけど
K子さんはまじめな性格のようだし
とても健康に見えた
だから雨の日も風の日も
まったく休むことなく
同じ電車に乗って
ところがそのK子さんの姿が
きょうはプラットフォームに現れない
病気でもしたのかな
家庭で何かあったのかな
僕のK子さんへの淡い感情は
数少ない友人にも
そしてもちろん家族になんて
ぜったいに内緒だから
K子さんの身上を慮ることはできても
それを誰かに尋ねることは憚られて
諦めて僕は
駅から踵を返すことにした
僕はもう
毎朝電車に乗ることはないよ
とぼとぼと歩く帰り道
うつむいていると
なにやら白いカードが
免許証だ
えっ!
K子さんの!
驚いたのは
そればかりではなくて
生年月日が僕とまったく同じ!
きのう定年退職した僕と
まったく同じ
なるほど
だからK子さんも
僕と同じで
これから毎朝電車に
乗ることはないんだね
さてこの落し物の免許証
さっそく交番へ届けよう
住所が載っているけど
直接尋ねたら
気持ち悪いもんね
ずうずうしい考えだけど
お礼の連絡があったら
すごくすごく
嬉しいな