『贖罪』


父を轢いた男が

詫びに来た


門前払いをしようとしたけど

母がまぁまぁというので


茶まで淹れようとしたから

母の手を制して


「悪意は…ありませんでした…」


当たり前だろう

ただの不注意

わき見運転だ


「許されようとは…思いませんが…」


そういって

分厚い茶封筒を

テーブルのうえに


「まずは…まずはこちらを…」


そういう問題じゃない


それは母も僕も

同じ気持ちで


「まずはとにかく…お収めくださったら…」


突き返そうとしたけど

母がまぁまぁというので


封筒を開けて

数えはじめようとしたから

母の手を制して


「とても足りないことは…承知しています」


当たり前だろう

こんな現金で

ごまかそうなんて


「繰り返しますが…許されるつもりは…」


そういって

涙を流しながら

男はうなだれて


「まずは…まずはさきほどの…」


そういう問題じゃない


それは母も僕も

同じ気持ちで


「この先よく考えて…また…」


母も僕も

男をひたすら責めることは

躊躇われた


なぜなら彼の姿勢に

それなりの誠意を

感じ取ったからだ


母と僕は

黙って目を合わせ

うなづく


やがて母が口を開いて

思いのたけを伝える


その旨を受け止めた男は

黙って頷く


「承知しました…」


きょうのところはお引き取りくださいと

母が続けて


「それでは来月から…そういうことで」


いまどき現金じゃ

何の利息も付かないだろって


だったらもっと利回りの良い

金融商品で

我が家に還元してくれたらって


それは母も僕も

同じ気持ちで


来月からは

ドル建て債券を

代わりに始めてもらう


口座の名義の関係を

整理しないと


意外とややこしいな







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