『「おかわり、できたよ」』

「ねぇ、おいしい？」

ワタシの問いかけに

無言でうなずく彼氏は

テレビのボクシング中継に釘付け

「その試合、そんなに凄いの？」

ワタシの問いかけに

無言でうなずく彼氏は

ロクに味わいもしない

ワタシの愛がこもったグラタンを

3分もかからずに

平らげてしまった

「ねぇ、美味しかった？」

その問いかけに

とつぜん振り向く彼氏

いま試合が休憩中なんだって

「グラタン、美味しかった？」

あらためて問いかけてみるワタシ

うなずきもせず急に

うぉおおおおと

歓声を上げる彼氏

知らない間に

またボクシングは再開して

なんだか盛り上がってるみたい

「おかわり、いる？」

無言でうなずく彼氏

「じゃあちょっと、待っててね」

空いたお皿に

具をもう一度盛って

オーブンで

熱々を

彼氏の手元に

「おかわり、できたよ」

振り向きもせず

うなずきもせず

うおおおおと

舌と唇を

火傷した旨を伝える咆哮が

ワタシの部屋に

響いたっていう話

たぶんいまワタシは

テレビの向こうで戦ってる

ボクサーたちよりも

強い気がする

帰り際

さっきはごめんね

ボクシングに夢中で

と謝られたので

「もう、大丈夫だよ」

とにっこり

笑顔を返して

だって

彼氏がボクシングを観ていた

スポーツ専門チャンネルの

解約は済ませたから

もう

大丈夫なのよね

旦那と子供の待つ家に

帰ります