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夢中になれない大人たちへ

子供の頃、ただやみくもに絵を描いた記憶はないだろうか。綺麗に描こうだとか、誰かに認められたいだとかは全く考えず、ただクレヨンを握りしめた思い出があるのではなかろうか。


『13歳からのアート思考』を読んで。


7歳の時、私はイルカが大好きだった。理由は覚えていないが、恐らくあの滑らかなフォルムに執心していたのだと思う。画用紙にイルカの絵を何枚、何十枚も描き、それを切って貼って、また描いて……。誰のためでもなく、ただ面白いから描き続けていた。

年齢を重ねるにつれ、利益を生み出さない行為を無価値だと考えるようになる。大人ってつまらなさそうだな、と感じていた大人そのものになってしまっていたのだ。

私が最後にアートに触れたのは12歳の時だ。修学旅行で行った箱根の彫刻の森美術館。そこで開かれていたピカソ展、中でも「顔」という陶芸作品に衝撃を受けた。雨の日、森の中、得体の知れないアート作品。不思議の国に迷い込んだかのような感覚に心を鷲掴みにされたのを今でもハッキリと覚えている。そのことを作文に書いたのを最後に、私はアートというものから遠ざかっていった。

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13歳からのアート思考–––私も13歳を境にアートに興味がなくなった一人だ。

中学に上がると図工が美術になり、自分の作品に点数をつけられるようになる。今まで楽しかった作品作りがいつの間にか高得点を取ること、正解を導き出すためのものになってしまう。美術のみならず、創作課題は出題者の意図を汲み取り大人の喜びそうな答えを書く。次第に私は「自分はどう感じたのか」を表現できなくなっていった。


「根拠は?」「それって何の意味があるの?」「正解は何なの?」
ついこんなことを口にしてはいないだろうか。

アート思考を学ぶと、この言葉がいかに愚問かお分かり頂けるだろう。


この本には6つのレッスンがあり、作品を通してアートとは何か、常識とは何なのかを問いかけてくる。

どれも非常に勉強になったが、中でも一番印象に残ったのは、マルセル・デュシャンの「泉」を引用したレッスンだ。「泉」は便器に架空の作家の名前を書いただけという、発表当時世間を騒がせた問題作である。

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シニカルで非常に面白いが、私がもし美術教師だったら絶対に良い点はつけないと思う。
このレッスンでは「アートは美を追求するものなのか」という根本的な、誰も疑うことがなかった常識に対して疑問を投じている。

私の好きな作家さんに、川上弘美さんという方がいる。彼女の書く作品は、抽象的で掴みどころのない雲のような文章が多い。私はその余白の多さが好きなのだが、レビュー欄を見ていると称賛の言葉もある一方「何が言いたいのかわからない」「リアリティがなく感情移入が出来ない」「(登場人物に対し)こんな人はいない」などと書いている人も一定数いる。

ミステリーのように論理的な話が好きな人にとってはかなり読みづらい文章であると思う。

しかしながら、証明式でも論文でもない文章に辻褄を合わせる必要性はあるのだろうか。架空の物語にリアリティは必要なのか。内容に意味がある、無しの境界線とは?

私の趣味嗜好により今回は文学で例えたが、アートでも同じことが言えると思う。

現代人は「意味・価値があるのか」という問いに囚われすぎてはいないだろうか。
−価値とは誰が決めるものなのか。
−その価値とはいつの時代も通用するものか。
−物事に必ずしも意味は必要なのか。
−価値がないものは存在してはならないのか。
−そもそも価値とは何なのか?

作品の価値とは捉える人、時代によっても変化するものだ。ピカソの「アビニヨンの娘たち」など発表当時は不評だった作品も、後世で評価が変わることだってある。

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現在私たちが当たり前の常識だと思っていることも、数年後には非常識になっているかもしれない。捉える人の知識や経験にも左右される。常識とはそれほどまでに脆く、実態のないものなのだ。

アートの歴史は、私たちの思い込みや常識を打ち破るアーティストにより紡がれてきた。

彼らが固定観念を壊し続けてきてくれたおかげで、今の多様化した文化・社会がある。アート思考を学ぶと、今までになかった物の見方や考え方が出来るようになるだろう。

芸術作品を作り出さずとも、誰しもアーティストになることができると作者は主張している。心ゆくまで探求しよう。そして、「自分の」思ったことを声にしよう。

正解を導き出すのではなく、問いそのものを生み出せるようになろう。


最後に

本書はタイトルにもあるように、13歳でも分かるような易しい文章であった。しかし内容は奥深く、今すぐにでも美術館に行きたい!と思わせてくれる本だ。この本を読んで、私のお気に入りの彫刻の森美術館にでも足を伸ばして貰えたらこの上なく嬉しい。


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