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ビーバップな彼との交換日記

もうすぐ13歳になる娘に誕生日祝いのメッセージを書いた。
書きながら、ペンで綴る文章がどこかぎこちないことに気づく。

こうしてタイピングで打つときには、文章を打ちながら直ぐに訂正できるから、早く文章を打つ自分に自惚れながら指を必要以上に動かしている。
自分最速タイピングはそれが例え稚拙な文章だとしても、”私は仕事のできる女だ”と錯覚させる。
カッコつけながら間違いだらけの文字を打っては消し、そして打ち直し文章を作り上げていくのがこの頃の常だ。

久しくペンでメッセージなど書いていなかった私は、タイピングで文章を作り上げていくのと同じようにつらつらと思考がまとまる前に書き始め、ヘンテコな文法になっているのに気づきながらも止められない。タイピングのようにすぐ削除、訂正ができないペンでのメッセージ。
吹き出しマークをつけて抜けた言葉を書き加えたりなどしてみる。

久しぶりに手書きのメッセージを書きながらふと思う。年賀状も書かなくなって久しい。スマホで気軽にメッセージを送りあえるようになったということが一つの原因であるのは間違いない。

昔は筆まめだった、、、なんてことを考えていたら思い出した高校時代の淡い記憶。

中学3年生の時に付き合った彼がいた。
彼は見た目にはいわゆるビーバップ。ボンタン(と呼ばれるタックの入った太い学生ズボン)を履いて登校してみたり、ちょっとおでこの生え際を剃り上げてみたり、それでいて硬派で照れ屋の彼だった。

別々の高校に通うようになってからも硬派な態度が崩せない思春期真っ只中。朝、登校する汽車を待つ駅ですれ違ってもおはようの言葉も交わさない、知らん顔して通り過ぎる、あんたほんと彼氏かい?っていうような付き合いが続いた。

時々、(おそらく)意を決して電話をかけてきてくれた。かけてきてくれるはいいが会話が続かない、お互い家族が聞き耳立てているであろう昔ながらの黒電話。妙な緊張感に汗をかきながらの電話タイムだった。本来なら楽しいもんじゃないの、こういう時間って?

ある日、この電話タイムにうちの父親が怒鳴った。

『どこの男が毎晩電話かけてきよるのか〜!!』

ちなみに毎晩かけてきてなどいない。
年頃の娘にたまにかかってくる男の電話に父はずっとヤキモキしていたんだろう、突然の初めての大怒鳴り。受話器の向こうの彼にも完全に届いていた。彼は焦って謝りそれから電話はかけてこなくなった。

それぞれ違う高校だったし、家も離れていたので顔を合わすのは朝の駅くらい。なのに相変わらずそんな時間すら言葉を交わすことはなく、別にそれがおかしいとも思わずそんなものだと思っていた。

しかし付き合っているのなら、何かしら繋がりを保っているべきじゃないのかと思った私は、ある提案を書いたノートを駅に停めてある彼の自転車のカゴに放り込んだ。

交換日記の提案だった。

見た目ビーバップの硬派な彼だったので、相手に何か書いてもらおうなんてことは思ってなかった。その日の出来事なりなんなり私が思うことをノートに綴って読んでもらえたらいい、そんな気持ちだった。

私が日記を書いて彼の自転車のカゴに入れておく。読んだらまた自転車のカゴに入れておいてくれたら私が持ち帰って、書きたいこと書くよと、あなたは別に何も書いてくれる必要はないよと。
それなら手紙でいいんじゃないかという話だ。
心のどこかに彼も何か書いてきてくれるんじゃないかって期待してたんだろう。

さて、ノートを放り込んだ日から数日が経ち、ある日彼の自転車のカゴにあのノート(青い大学ノートだった)が入っていた。日々、自転車のカゴチェックを怠らなかった私は直ぐに気づいて周囲の目を盗んでノートを手に取り自分のカバンに押し込んだ。

はやる気持ちを抑えながらノートを開くとそこには文字がぎっしり綴られたページが。『まじ!?』っと脳がこの出来事を理解しようとフル回転。

朝、顔を合わせても挨拶もしないで通り過ぎてく見た目ビーバップな彼がこんなにも文章を書いている!

学校での出来事、友人のこと、家で一人で過ごす時間のこと、私のこと、日常で使う方言の言葉のまま色々なことを綴ってくれていた。カッコつけて英語を使いたかったか日付の曜日の綴りを間違えていた。

電話でも話せなかった自分達のことをお互いに交換日記を通じて語り合った。
私たちの交換日記は高校の間続き、ノートは数冊になった。

高校卒業後、別々の道を歩むこととなり顔を合わすことはなくなった。風の便りで彼も結婚して二人の女の子のお父さんになったと聞いた。子煩悩で優しい父親、夫である彼が目に浮かぶ。

連絡を取りたいわけではないけれど、どうしているかな、元気で暮らしているかな、SNSで見つけられる?と名前を検索してみることがある。だけど想像通り彼はインターネットの世界にはいないみたいだ。それが彼らしくて嬉しくもある。

若い頃、相手に自分を知ってもらいたいと綴った言葉、相手をもっと知るきっかけになった綴られた言葉。今、スマホで簡単に送られる言葉と何が違うだろう。

ペンを持ちノートを開いて思いを巡らしながら書くという一人の時間や、相手の書いたくせのある文字の文章をゆっくりと目で追う時間。そんな時間かもしれないな。

最速タイピングで何度も訂正しながらようやくこのノートを書き終えました。

おーい、元気にしてる?こっちは元気でやってるよ!













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