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よりよい本の読み方(ペース・リーディング)

5月18日付 日本経済新聞朝刊の「春秋」に、動画の倍速視聴のことが書かれていました。

そういえば、私も2年ほど前から、録画したテレビ番組の倍速視聴をしています。特にニュース番組のたぐいはほとんど倍速なしでは耐えられません。
時々、ライブでニュースやバラエティ番組などを観ていると、そのスピードの遅さにイライラしてしまいます。そのうえ、民放ならCMを飛ばすこともできないし、興味のない話題をスキップすることもできないので、苦痛で仕方がありません。

そこからの派生になるのですが、動画ではなく読書のときには、どんな速さで読むことがよりよい本の読み方なのか考えていきます。
参考にしたのは、平野啓一郎さんの『本の読み方 スロー・リーディングの実践』です。

本の読み方

この本は、速読ではなく、遅読(スロー・リーディング)の大切さを説くものです。共感することの多い内容ですが、さらに一歩進めた、本との向き合い方を提案します。

結論から言うと、造語で、「ペース・リーディング」です。

速読(ファスト・リーディング)、遅読(スロー・リーディング)、ペース・リーディングとは、それぞれ、どのようなものなのか、どんな効果があるのかをみていきます。

速読(ファスト・リーディング)の方法と効果

覚えている限りで言うと、速読は1980年代にブームがあり、現在に至るまで、根強い人気があります。それだけニーズがあるのでしょうし、時代はますます速く読むことを求める忙しないものになってきています。

では、速読の方法にはどのようなものがあるのかというと、次の3つです。

一つは、開いたページを写真のように画像として脳に焼き付けて、イメージとして記憶させるというものです。これだとたとえば300ページの本でも1時間もかからず読めるという(ふれこみの)方法です。
中には、1冊の本を3分で読んで99%忘れないという、「瞬読」を唱えるものすらあります。
私自身、20代の頃に試みましたが、まったくできませんでした。
完全に否定するつもりはありませんが、この方法で本の内容を記憶できる人は、ごく限られた「才能」を持つ人だけです。

二つめは、とにかく読む速度を上げることです。
仮に1時間で読めるのが30ページが自分の標準速度だとするなら、読書に慣れることで40ページ、50ページと読める量を増やすというものです。
これも自分の経験で言うなら、ある程度可能ですし、有効です。
次の方法につながりますが、自分が覚えようと思わないところは、ざっと目を通すだけにしていくことで、量をかせげます。
ただし、いくら頑張っても、どこかで速読できる速度の限界に達します。

そして三つ目です。読みたい部分、あるいは章だけを読む方法です。
これは2番目の方法と原理は同じです。本1冊全部ではなく、自分が覚えたい、理解したい部分だけを選んで読むことです。
言い換えると、「余分な情報」が書いてあるページは割り切って読まないということです。

3年くらい前の話ですが、ある著名な人が、「新書なら、1時間で読み切れるようにならないといけない」と言うのを聞きました。
その理由は、まさに上の2番目と3番目の原則どおりで、「アウトプットを意識してインプットとしての読書をしなさい。そうすれば、必要な情報が得られる部分だけに絞れるので、必要な情報が記憶として残りやすい」とのことでした。

考えてみると、私たちの記憶力は非力で、ドイツの心理学者であるエビングハウスの有名な「忘却曲線」の法則によれば、人間は1時間後には56%を忘れ、1日後には74%を忘れるそうです。
ここにある厳密な数字はともかくとして、1冊の本を読み終えた直後ですら、書いてある内容をすべて覚えている人は、まずいないでしょう。
むしろ、印象に残った一握りの文章や、著者が言わんとしている骨子を理解することに留まります。
であるなら、一言一句逃さないかのように、熟読することにこだわっても仕方ありません。

極端なやり方は別としても、速読には価値がありそうに思えますが、本当にそうかというと、違和感を覚えます。
読書で一番大切な、読書することを楽しむことを置き去りにしているからです。
そこで出てきたのが、「遅読(スロー・リーディング)」の勧めです。

遅読(スロー・リーディング)の方法と効果

スロー・リーディングについては、平野啓一郎さんの著書を要約します。
平野さんの主張は、”疲れる” 世の中だからこそ、ゆったりとした読書の時間が必要だというものです。
急いで本を読んでも、速く、多く読んだという達成感は得られるかもしれないけれど、味わって読むという質が伴わないので、人間性に深みを与えないという疑義を唱えています。
そしてなにより、ゆっくり時間をかけた読書は楽しい!
つまり、遅読(スロー・リーディング)は、「知読」だ。
これが平野さんがスロー・リーディングを勧める理由であり、効果です。

スロー・リーディングでは、特段の方法があるというより、味わいながら、ゆっくりと読むことに尽きます。
再度、平野さんの言葉を借りるなら、「量」から「質」の読書にするには、良書を選んで読むことへと、発想を転換することです。

あくせくと本を読むことに疲れ気味の私には、福音でした。
しかしながら、少し首を傾げるところもありました。
熟読することは、常に、あるいはほとんどの場合において楽しいのだろうか、質の高い読み方ができるだろうかという疑念です。それに何と言っても、時間が掛かりすぎます。
スロー・リーディングも万能ではありません。

ペース・リーディングのすすめ

ここまで、速読と遅読についてみてきました。
お気づきのとおり、それぞれにメリットとデメリットがあります。
そうであるなら、私たちが目指すべきなのは、状況に応じて読み方や読む速度を変えることです。

「ペース・リーディング」は、造語です。
「ペース」という言葉を使っていますが、本当は「ペーシング」です。
語呂を考慮して「ペース」にしています。
ペーシングというのは、元来、心理学用語で、「話す速度・話し方や、呼吸などのペースを、相手の調子に合わせること」によって信頼関係を構築するコミュニケーションスキルです。
調子を合わせた読書なので、ペース・リーディングです。

ペース・リーディングは2つの状況に分けると理解しやすくなります。

ひとつは、読書の目的によって、速読と遅読、つまりペースを変えることです。

人生を豊かにするためであったり、ストーリーを楽しんだり、ゆっくりと作者の意図を考えて対話しながら読書をする時には、遅読にします。
一方、仕事のためであったり、急ぎ情報を入手したい場面であったりするときは、「情報処理」のため、「アウトプットのための情報のインプット」のための読書なので、速読が適しています。

読書の目的で分けましたが、ざっくり言うなら、本のジャンルで区別することもできます。
小説や哲学書などは遅読と相性がよく、ビジネス書や新書などは速読が適しています。

もうひとつは、一冊の本の中で、ペースを変える読み方です。私が強調したいのはこれです。
2つの例を挙げてみましょう。

まずは小説からです。
小説と言っても純文学からエンタメ等々、様々なジャンルがあるので、それによってもライトに読むか、熟読するかが変わります。
密度が濃い純文学は別として、多くの小説には、読者がじっくりと読むことを想定して書かれている部分と、リズムを作るためにさらっと読んでも誤読せず、かつ楽しめる部分があります。
全霊を込めて執筆している作家へのリスペクトは持ちつつも、その本の醍醐味を味わいたいなら、なおさら、読むペースににメリハリをつけることが有効です。

もうひとつは、ビジネス書を取り上げます。
ビジネス書を読む目的に話を戻すと、アウトプットのためのインプットになりますが、細分化するなら、
 1)新たな知識や気づきを得ること
 2)既に持っている知識を体系的に理解すること
が主たる要素です。
一冊のなかで、このいずれかに該当する部分は、限られます。
特にある分野の本に通じていて、そのアップデートのために読書をする場合には、お馴染みの逸話(3人の石工のモチベーションの違いの話など)は、飛ばしても問題ないでしょう。
また、ある海外の会社のことが具体例として取り上げられている場合、その会社や業界の状況を分かっていない場合には、ピンとこないことが結構あります。
数社の事例が描かれているなら、ピンとこないものはスキップした方が返って混乱を防げます。

このように見ていくと、一冊の本でもペースを変えて読む、メリハリをつけて読んだ方が、質の高い読み方ができます。大切なところを精読できるので、理解も深まります。
小説にしても、一語・一節をじっくり味わうところと、テンポよく読むところを、楽器を奏でるかのように調子を合わせて読む方が、楽しく読めます。すべて精読しようとすると、読む前から疲れてしまいます。

おわりに

そもそも何のために、本を読むのかにかかっています。
私だけでなくほとんど人は、読書そのものを楽しみたいのだと思っています。たとえ必要に迫られて仕事のために読む本でも、素晴らしい一節に出会えたなら、それは読書を楽しんだと言えます。

読書の唯一の目的が、読書を楽しむことであるならば、速読や、スロー・リーディングということにガチガチに囚われるのではなく、自分自身が楽しめるところを、思い存分に味わうために、そしてできれば、著者のこだわりに触れるために、メリハリをつけて読む、「ペース・リーディング」をお勧めします。


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