見出し画像

渡辺京二「逝きし世の面影」ジャレド・ダイヤモンド「昨日までの世界」/社会はいかに変わることができるか


「逝きし世の面影」は19世紀から20世紀初頭にかけて日本を訪れた外国人達が日本についてどのように言及しているか、の膨大な記録を著者が編纂し、考察した本だ。本編だけで577ページもあり、初めて手にした時、その分厚さと重さにびっくりだった。

更にびっくりしたのはそこに残されている内容だ。
まず最初に記載される日本人の特徴は「陽気な人びと」であり、その後も性に奔放で、女性が他の東洋諸国とは違いよく尊重され、子どもの楽園である、と続いていく。

ヘンリー・S・パーマー(Henry Spencer Parmer) 一八三八~九三)は横浜、東京、大阪、神戸などの水道設計によって名を残した英人だが、一八八六(明治十九)年の『タイムズ』紙で伊香保温泉の湯治客についてこう書く。
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融け合う。彼らは何か目新しく素敵な長めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている」
渡辺京二「逝きし世の面影」
トロイ遺跡の発掘で名高いシュリーマン(Heinrich Schliemann 一八二二~九十)は、一八六五(慶応元)年、ひと月ばかり横浜・江戸に滞在したが、大半は先行文献の無断借用からなるその旅行記に「あらゆる年齢の女たちが淫らな絵をみて大いに楽しんでいる」と記している。ティリーも長崎で同様の光景を目にしたらしい。「猥雑な絵本や版画はありふれている。若い女が当然のことのように、また何の嫌悪すべきこともないかのように、そういったものを買い求めるのは、ごくふつうの出来事である。」
渡辺京二「逝きし世の面影」
明治三十年代の日本を訪れた英人写真家ポンティング(Herbert Goerge Ponting 一八七〇~一九三五)がいる。
ポンティングには日本という国は、「婦人たちが大きな力を持ってい」る国に見えた。彼女らが支配しているのは家庭と宿屋である。外国人は食事が口に合うわけでもないのに、外国式ホテルではなしに日本風の旅館に泊まりたがる。「それは日本の家に一歩踏み入れば、そこに婦人の優雅な支配力が感じられるからである」。家庭では「彼女は独裁者だが、大変利口な独裁者である。彼女は自分が実際に支配しているようにみえないところまで支配しているが、それを極めて巧妙に行っているので、夫は自分が手綱を握っていると思っている」
渡辺京二「逝きし世の面影」
一八七三(明治六)年から八五年までいわゆるお傭い外国人として在日したネット―(Curt Adolph Netto 一八四七~一九〇九)は、ワーグナー(Gottfried Wagener 一八三一~九二)との共著『日本のユーモア』の中で、次のようにそのありさまを描写している。(中略)「日本ほど子供が、下層社会の子供でさえ、注意深く取り扱われている国は少なく、ここでは小さな、ませた、小髷をつけた子供たちが結構家族全体の暴君になっている」。
渡辺京二「逝きし世の面影」

外国人が珍しかった時分、まだ入国を制限していた時分もあり、取り繕っていたのでは?という見方もあるらしい。ただ著者が集めた膨大な資料を読み進めるにつれ、やはり昔の日本人は陽気で性に奔放で、男女平等も進み子どもに優しい世の中だったのかなあ、という気が、どんどんとしてくる。

「日本人とはどんな民族か」と今外国人に聞いたらどうだろう。少なくとも陽気で性に奔放で、という印象は全く出てこないように思う。

いつから変わったのか?何がキッカケで変わったのか?も興味深いのだけど、たかが100年ちょっとでそんなに変わるんだ、ということが、私にはもっと興味深かった。

ちょうどこの本を読みながら思い出したのが文化人類学者のジャレド・ダイヤモンドの著書「昨日までの世界」で紹介されていたパプアニューギニア社会の劇的な変化だ。1931年に西洋文明とファースト・コンタクトをした際、パプアニューギニアでは約100万人の人が腰蓑をつけ石器を使って暮らし、どの部族にとっても見知らぬ人間は敵の可能性があり、出くわしたら殺しても構わないような、そんな世界観で生きていた。それが2006年、筆者がパプアニューギニアを訪れた際には空港があった。多くの人が見知らぬ人と何の問題もなくすれ違っていた。その間、わずか70年と少し。それくらい、人間なんてキッカケさえあれば、いかようにも変わるのだ。

今私たちが「日本人とは」と言う時、ちょっとした自虐が含まれていることが少なくない。意志決定が遅かったりはっきりしなかったり、悲観的だったり、なんだりかんだり。ただそんな「らしさ」というのはいかようにも変えられる。今の「日本人とは」を形成しているのは紛れもない私たちで、たとえば皆が「もっとポジティブに考えられるように」「もっと子どもを大切にする社会に」と強く願い、それを言葉にし行動していけば、日本人は今よりずっとポジティブで、子どもに優しい社会を作ることができる。「国民性」とはその程度のものだし、そんな可能性を秘めている、そう思う。


この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,767件

#読書感想文

189,937件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?