見出し画像

今夜はほろ酔いだ 小説

 昼はまだ夏の暑さの名残りがあるものの、夜になると秋らしい過ごしやすい気温になってしまっている。元々秋は好きだから、いつもなら秋を両手を広げて歓迎するのに、今年はまだ夏であって欲しいと思ってしまう自分がいた。それはきっと僕だけじゃないはず。

 この夏、一体どれくらい僕は楽しい事をしたのだろう。何回、休みの日を楽しんだのだろう。片手で数えられてしまうのが悲しい。みんなはどうなのだろうか。楽しめたのだろうか。「どんな夏だった?」と聞かれたら、胸をはって「最高に楽しい夏でした」と答えたいのに、そうではないこの現実が辛い。「こんなはずではなかった」と思う事はそりゃあ生きてたら多少あるとはわかっていた。しかし、今回は起こり過ぎだし、しぶと過ぎる。もういい加減してほしい。「いつまで我慢すればいいのだろう?もしかして一生このままってないよね?」なんて嫌な考え方になりかけていたから、よっぽど自分は参っていたと思う。以前撮った写真や動画を何度も見た。楽しい事をしている自分達がいた。沢山笑った。おいしいご飯をみんなで食べて、おいしいお酒をみんなで飲んで、楽しい事をみんなでしていた。それがいかに貴重な時間だったか。そうするのが難しくなるとよりわかるが、まさかこんな日々を送る事になるなんて、写真に映る自分達は知るよしもない。ただただ楽しみ、ただただ笑っている。

 あんな事したかったな、こんな事したかったな、今日になるまで僕が多く見ていたのは昨日であり、過ごしたくても過ごせなかった理想の過去の日々だった。だけど今の自分がそんな自分ではないのは、今日楽しみな事があるからだ。いつ以来だろう、久しぶりに友達と遊ぶ約束をした。朝早くに起きて、海に出かけるのだ。海でダイビングをみんなで楽しんだ後、泊まったホテルの近くでみんなでお酒を飲む予定になっている。目覚ましが鳴る前に僕は起き上がり、身支度をさっさと済ませた。

 昨日と同じ景色なのに、運転席から見る景色が何故か違って見える。一日という単位では同じだけど、楽しい事があるとないかでこうも違ってくるものなのか。忘れていた感覚だ。もう忘れたくない感覚だ。お酒弱いくせに、朝からもう夜に飲む一杯目のお酒の種類を決めていた。やっぱりそこはビールでしょう。リモート飲みも何度かしてそれなりに楽しかったけど、ここまで楽しみにはなれなかった。

 今夜は酔うぞ。
 勿論、無理に沢山は飲まない。ほろ酔いでいい。ほろ酔いがいい。今日という日をはっきりと覚えていたい。潰れる程飲んで記憶があいまい、は今日はごめんだ。

 僕は、僕たちは頑張った。いっぱい、いっぱい頑張った。だからこそ、こうやって楽しい事をして楽しんでいいはず。
 今夜は酔うぞ。ほろ酔いでいい。あ、弱いから宣言しなくてもすぐに酔うか。


これは小説です。

プロフィール

ほかにも小説書いてます

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?