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ゲームクリア後の寂しい気持ち

クリアしたゲームは数少ないのが現実

僕とゲームの出会いは小学校の頃だった。

当時から変わらず好きなジャンルはRPGだ。
もちろん今でも好きで続けている。

しかし、クリアしたゲームは数えられるくらいしかない
 
 クリアをすること=最後までプレイしてエンディングを観ること。
僕は所有しているゲームの中でクリアしていないものの方が圧倒的に多い。

小学校~中学校くらいまでクリアまで辿り着けないのが当たり前で、それは他人も同じとさえ思っていた。


「ゲームってだいたいクリアしないままだよね?」

 ある日、クラスメイトとの会話の中で、僕が言った何気ない一言でみんなが一瞬止まった。
クラスメイトには意外だったらしく「え!?」という驚きの返答に変わった。
「あれ?何か変なこと言ったかな?」と心の中で考えた。

「おまえっていつもクリアしないの?」

という問いかけで更に「あれ!?」と思った。

「え!?普通クリアするでしょ?」
「クリアできなかったゲームなんて2本くらいしかないけど」

そこで初めて「クリアは当たり前にするもの」という現実を知って逆に驚いた。
「あ、そうなんだ、、、みんなすごいな!!!!」そんな気持ちだった。

クリアできない理由は?を考えてみれば

「次に行く場所がわからなくなってしまって詰まってしまった」
「ただ単純にそのゲームを続ける根気がなくなってしまった」
「ゲームシステムがどうしても馴染めない」
「何度挑んでも強いモンスターに勝てなくて、そのまま止まってしまった」

本当に難しくてクリアが難しいゲームも存在するけど、そうではなくて全て問題は自分自身にあったんだ。
それに気がついたのはけっこう後になってからだった。


 当時僕の家ではインターネットを開通していなかったし、攻略情報を知るのは同じタイトルをプレイしているクラスメイトに聞くか、攻略本を書店で購入するかの2択だった。

「攻略本を見るくらいなら進めなくても途中で止めたままの方が良い」

というのが以前から僕の強く譲れない考えだったので、書店で攻略本を目にしても、
「これを買ってしまってクリアしても自分の力ではないから」なんて思っていた。


 高校生くらいまでゲームをやってはいたが、相変わらずクリアしているものは皆無に等しかった。

その後は数年間ゲームさえやらなくなっていた時期もある。
 両親ともゲームをやっている人ではなかったから、
「大人になったらいつかはゲームから離れなければならない」
「ゲームをずっとやっていたら恥ずかしいことなのかもしれない」

なんて勝手に思い込んでいたのもあった。


 ところが成人して友人の影響もあり、「大人になってもゲームをやっていいいんだ」という感覚になり、またゲームを再開した。

 コマンド戦RPGを中心にプレイしていた僕だったが、今まで苦手だったアクション要素のあるRPG「テイルズシリーズ」を初プレイした。
思っていたよりも操作は難しくなく、アクションRPG入門の僕にはちょうど良い作品だった。
しかしやっぱりクリアまではしないまま止まってしまっている。

寂しい気持ちが大きかった

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 その数年後PS3:テイルズオブヴェスペリアをプレイしたときだったと思う。
購入から3ヶ月くらいかけて小学校以来ぶりにクリアすることができた!

しかしクリアの達成感よりも、なんだか目標を失ってしまったような感覚の寂しい気持ちが心を大きく支配した。
長らくクリアを体験していなかった僕には他の人とは違う感覚になっているのだ。
「クリアするということはもうプレイできない」
「クリアしないで止まっていればいつでもまた再開できるのに」
 
 毎日帰宅後にプレイするゲームがあったのが、急にゲームロスになっていたのかもしれない。
 
 その後も確率は低いが何タイトルかクリアしているうちに寂しい感覚にも慣れてきたし、そういうものなのかもしれないと考えるようになった。
みんなその道を通っているのかもしれないなと思いながら今日もゲームに挑戦している。

ゲーム好き読者の皆さんにもこんな感覚になったことがあったんだろうか?
同じ寂しさを感じている人がいたらコメントくれたら嬉しいです!!

#自己紹介をゲームで語る

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